いしづかあつこ監督が明かす、『グッバイ、ドン・グリーズ!』に滲みでた“目線”のこだわり
「アイスランドを調べていくうちに、荒野に人工物が突然現れるおもしろさに気づきました」
物語は、関東の小さな田舎町から始まる。クラスに馴染めない高校一年生のロウマ(花江夏樹)は、夏休みで東京の高校から戻ってきたトト(梶裕貴)と、小学生のころに2人だけで作ったチーム"ドン・グリーズ"を再び結成。そこに、転校してきたばかりのドロップ(村瀬歩)がチームに加わったことで、3人は冒険へのステップを踏みだすことになる。「もちろん、欠点ばかり見ていては前向きにはなりません。そこで活躍してくれるのが、ドロップが目指しているもの。なので、ドロップには明確に手に入れたい物を用意して、ロウマとトトはそれを知らずに着いていく。ドロップがいてくれるおかげで、目指す物がなにかあるんだなというのがハッキリしてくれています」。
3人が初めて冒険をするのは近所にある森。とはいえ、ただ雑然と木が生い茂っているわけではなく、シーンによって木々の密度が変化しているのに気づく人もいるだろう。「本来アニメでは美術設定といって舞台をかっちり決めるんですけど、ずっと移動しっぱなしだから、その設定もほんの数カットの参考にしかならないんですよね。なので、絵コンテにはシーンごとに木の密度、見た目の抜け感、光の明るさ暗さみたいなものをざっくりとした状態で入れて…。スタッフさんに説明するのは非常に難儀でした(笑)」。
実は本作の多くのシーンがそんな自然物にあふれていて、人工的な建造物はほとんど出てこないが、もちろんそこにも理由がある。「街のなかが出てくることによって、田舎でくすぶっている感じが出てこないというか、人とのつながりを意識させてしまうというか、それよりこの子たちの狭いところに閉じこもっている感情みたいなものを絵から感じてほしいと思っていて。なので、陽の光も決して白くまぶしくは差さないんです」。
そんななか印象的に登場するのが、ウルトラティザービジュアルにも描かれた赤い電話ボックスだ。「元々電話ボックスを探していたわけではないんですが、アイスランドを調べていくうちに、なんにもない荒野に人工物が突然現れるおもしろさというのがあの世界にはあって。『それでも生きてやる』みたいな根性や『共生しているけど、私たちは人間です』という主張を感じるというか(笑)。それが非常におもしろいなと思ったんです。赤い電話ボックス自体は、アイスランドの東のほうの街に、なんにもない丘の上にぽつんと赤い電話ボックスが立っている絵を見た時になぜかすごくしっくりきて。それで、お話のなかに是非この電話ボックスを使いたいなというので活かしました」。
「エンタメのなかにも、なにか伝わるものがあればいいなと思っています」
本作には、ロウマが憧れる同級生チボリ(花澤香菜)が語る“写真”に関するセリフがある。作品の本筋からは少々離れるかもしれないが、これはもしかしたら監督の心情、もしくはメタ的な部分ではないのか。「自覚はなかったんですけど、今回のインタビューで質問されて初めて、確かにそうだなと思いました(笑)。なぜ自分の頭のなかで考えたことを、苦労して、大勢の人を巻き込んでまで絵に落とし込んでいくのか。言われてみれば、それは刻み付ける方法の一つだからなのかもしれないですね。せっかくこんなに数えきれないほどの人が総力をあげて作ってくれているから、まずは単純に楽しんでほしい。その楽しかったという思い出を残して欲しいと思っています。個人的にはエンタメをやりたいなと思っていますが、そのエンタメのなかにちゃんとメッセージがあることが大切という感覚です。本作をご覧になって、もしそう写っているのであればありがたいです」。
自らシナリオを手掛けたことで、いしづか監督のメッセージはより作品に反映されているはずだ。また、1度ではなく2度、3度と観ていくなかで気づかされる箇所もあると思う。「少なくとも、お金を払って観に来ていただく限りは得られるものがある映画にしたいと思っていたので、なにか伝わるものがあればいいなと思っています。できれば2回目も楽しんでほしいです。最初はロウマの目線で、2度目はすべての結末を知ったうえで客観的に彼らの姿を観ると、例えばドロップの物語というもう一つの見え方がしてくるはずです。この映画は"目線"を伝えている作品なので、1度目で『なるほどこういう目線があるんだ』と気づいてもらえれば、2度目は違う見え方をしてくるんじゃないかなと期待しています」。
取材・文/小林 治