アルコ&ピース平子祐希、初の小説連載!「ピンキー☆キャッチ」第5回 ~お笑い担当その2~
MOVIE WALKER PRESSの公式YouTubeチャンネルで映画番組「酒と平和と映画談義」に出演中のお笑いコンビ「アルコ&ピース」。そのネタ担当平子祐希が、MOVIE WALKER PRESSにて自身初の小説「ピンキー☆キャッチ」を連載中だ。第4回では、表向きはアイドルグループ、実は地球を守るアイドル戦隊のメンバーである理乃が「お笑い担当」として覚醒してしまい、マネージャーの都築が心配し始める…。第5回、メンバーの鈴香から“笑い”に手厳しいコメントが飛び出し、移動中の車内は一触即発の空気に!?
ピンキー☆キャッチ 第5回
翌朝、日曜日の早朝にも関わらず怪人が現れた。現場は巣鴨の駅前で、朝は早いが土地柄高齢者の往来は少なくない。怪人は顔と両手がシャワーノズルになっており、周囲を水浸しにしていた。大きな水溜りが各所に発生し、年配の皆さんが遠回りを余儀なくされていた。
「眠いよもう」
「何で日曜の朝やねん!」
「大きな石探して後ろからぶつけよう」
朝が弱い七海が地味に怖いことを言いつつ、3人は車を飛び出した。勢いよく水溜りに足を踏み入れたその瞬間、理乃が大きくつまずき派手に転んだ。あまりの事に、怪人も含めて周囲の時が固まった。
「冷たぁ!!ああ~~もう何なんこれぇ!!」
理乃は水に浸かったまま手足をばたつかせていた。他のメンバーに促されてもなかなか立たずにいる。怪我でもしていたら大変だとアルファードから身を乗り出しかけた時、都築は信じ難いものを見つけてしまった。
車の後部座席の窓の淵に、理乃の携帯が不自然な角度で立てかけられていたのだ。もしやと思い画面を見て思わず体が硬直した。そこにはまさに今水溜りで転んだ理乃が、コミカルに手足をバタつかせているその姿が、ドンピシャで録画されていたのだ。
“わざとだ・・わざと転びやがったんだ・・”
都築は全身から力が抜けていくのを感じた。職務中に悪ふざけをした事に対してではない。ああした『作為的なハプニング』が心から面白いと思いこんでいるのであろう、取り返しのつかない理乃の価値観に対して力が抜けたのだ。
“そっち側”の感覚を持つ者に対して“そっち側は違うぞ”と教え込む事の難しさは並大抵の事ではない。人間の価値観は当然各々で違うものであるし、こと笑いどころの感覚に対しては、誰もが自分の感覚こそが正義と信じて疑わない。しかし都築は、自分がその道のプロではなく、ファンという俯瞰の目線を持っているからこそ確固たる意見を持っていた。『違うものは違う』と。
相変わらず水溜りでリアクションを続ける理乃は放っておかれ、七海が宣言通りに大きな石で怪人を駆逐した。卑怯だが確実なやり方だった。
都築は理乃への話の切り出し方について思いを巡らせていた。
『個別で呼び出し、まずは喫茶店で甘いものでも食べさせよう。日頃の仕事ぶりを労い、心を解きほぐした上で、少しずつ話そう。数日に分けてもいいかもしれない』
そう思案していると3人が戻り、都築は車を出した。「タオルタオル~!!」と大袈裟に騒ぐ理乃に、ふと鈴香が言い放った。
「理乃さ、ああいうの全然面白くないよ」
車内の空気が一瞬にして凍りついた。いや、都築と七海は固まり、ミラーで互いの顔を見合った。
「あれ絶対わざとじゃん。やってる事伸びないYouTuberと一緒じゃん。やめた方がいいよ、つまんない」
一刀両断だ。もし言われたのが自分だったら一生立ち直れまい。そこにはプロも素人もない。誰であれ、狙ったウケを否定されるのは腹をかっ捌かれるのと同じだ。ましてや相手は『自称・お笑い担当』である。自らの一挙手一投足が面白いと心から信じている人間なのだ。鈴香がお笑いが好きだという話は聞いた事がない。が、特に好きではないからこうした事がストレートに言えてしまうのだ。
都築は鏡越しに、恐る恐る理乃の顔を覗き込んだ。激怒するのか、または消え入るほどに落胆しているか、どちらにせよ見てはいられまい。ところがそんな心配をよそに、理乃は意外にあっけらかんとした表情で「バレたか、ごめんごめん」と舌先を出しておどけ始めた。
「収録でもそうだよ、最近変に笑いばっかり意識してさ。キャッチフレーズ変えてからじゃん。戻しなよ、前の方が自然だったし」
「ああほんま?都築さんにも言われたしなあ・・・そんなら戻すかぁ」
「いいんだ!?」
都築と七海の声が揃った。
「それと都築さんもさぁ」
「えっ?はい何!?」
鈴香が運転席に首を伸ばしてきた。まさかの矛先転換に、都築はハンドルを強く握り直した。
「都築さんってさ、自分の笑いどころが絶対的な正義って信じちゃってるよね。いやお笑いが好きなのは分かるよ、ディープなんでしょ?ディープ。だけどライト層でもディープ層でもどちらかが良い悪いではないんだからさ。あの都築さんがスタジオでよくやる、自分好みの笑いじゃない時にしかめっ面して天を仰ぐ癖?あれやめた方がいいよ。『俺は分かってます』って顔するタチの悪い老害になっちゃう」
「あ・・えっ・・ちょっと待って、そんな俺・・」
「ゴールデンのバラエティなんか特にそうでしょ。みんな力抜いてテレビ見ようって時間帯にさ、都築さんで言うところのディープ?玄人?まあ何でもいいんだけどさ、そんな重厚な笑いの形は違くない?そういうの求められてるの?私らにも」
「いや俺は別に・・・」
七海に助けを求めて視線を送るも、完全に狸寝入りを決め込んでいる。自分にも言われているような気まずさがあるのだろう、口元がピクピクと痙攣している。
「まあ好き嫌いはあるだろうけどさ、プレイヤーとの一線は引かないとお互いにやりずらくなるだけでしょ。はい以上です」
「あはは、都築さんも怒られとる~」
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そこから家までどう帰ったのか記憶が無い。布団を被り、足をバタつかせた都築は枕に顔を埋め、声なき声で叫んだ。笑いは難しいのだ。
文/平子祐希
1978年生まれ、福島県出身。お笑いコンビ「アルコ&ピース」のネタ担当。相方は酒井健太。漫才とコントを偏りなく制作する実力派。TVのバラエティからラジオ、俳優、執筆業などマルチに活躍。MOVIE WALKER PRESS公式YouTubeチャンネルでは映画番組「酒と平和と映画談義」も連載中。著書に「今夜も嫁を口説こうか」(扶桑社刊)がある。