『愛しのロクサーヌ』『ハーフ・オブ・イット』『シラノ』まで…大胆アレンジが名作を進化させる!
多彩なアレンジの作品に浮かび上がる名作の偉大さ
ハリウッド映画として有名なのは、1987年の『愛しのロクサーヌ』。ピーター・ディンクレイジも、この作品をシラノ映画の「ナンバー2」に挙げた。タイトルにあるとおりヒロインの名前は同じだが、主人公の名前はC・D・ベイルズ。舞台も同時代(80年代後半)のアメリカへ移ったので、職業は消防団長に変更された。人々の“英雄”になる存在として、オリジナルの騎士にも通じる役どころではある。主演はスティーヴ・マーティンで、基本はコメディ。しかし彼の持ち味であるドタバタ&おふざけ系のムードではなく、ロマンチックな味わいが濃厚な作風となった。シラノの映画として、今作を記憶に焼きつけている人も多いだろう。
ちょっと異色なのは、日本映画での翻案。なんと戦国時代に置き換えた時代劇で、あの三船敏郎がシラノに相当する武士の兵八郎役を演じたのが、1959年の『或る剣豪の生涯』だ。主人公は当時のキャッチコピーで“獅子っ鼻”と形容され、他のシラノ映画と違って、その鼻は横幅の大きさが特徴。幼い頃から仲の良かった姫と、その恋の相手を巡る三角関係の構図や、手紙を代筆する行為など、基本ドラマはほぼ同じ。日本の戦国時代でも通用する、シラノの物語のポテンシャルに驚くばかりだ。
そのほかにも基本設定を使った作品は、近年まで何本も作られており、2012年のディズニー・チャンネルのテレビムービー『レット・イット・シャイン』は、手紙の代筆ではなく、主人公の“作曲”の才能を生かした青春ドラマへと変貌。そしてNetflixの『ハーフ・オブ・イット:面白いのはこれから』は、アメリカの片田舎を舞台にした高校生の三角関係が展開。主人公がラブレターの代筆を頼まれるのだが、この作品の特徴は、シラノとロクサーヌに相当する役がともに女性という点。しかも主人公がアジア系。2020年らしくダイバーシティを体現したような作風で、しかも観た人の評価がことごとく高い、青春ムービーの傑作となっている。
また別パターンの映画として、エドモン・ロスタンが原作の戯曲を書いた日々を再現した、2018年の『シラノ・ド・ベルジュラックに会いたい!』もある。エンドロールでは、これまで映画でシラノを演じた俳優が紹介されたりするので、シラノの世界の“まとめ”としても必見だ。
一つの原作からここまで多岐にわたる作品が誕生し続けるのは、ほかにもあまり例がない。最新作の『シラノ』は、17世紀フランスという物語の原点に戻りつつ、重要ポイントの大胆な変更、そして舞台でも何度も作られたミュージカルというジャンルで、これまでのシラノの世界の集大成といった印象も強い。過去にこの名作の映画化、舞台化を観てきた人は確実に感動が甦るだろうし、初めてこの物語に接する人は、名作の偉大さを素直に実感するはずである。
文/斉藤博昭