どのポアロも魅力的!アガサ・クリスティの傑作「ナイルに死す」映像化で比較する、3者3様のポアロ

コラム

どのポアロも魅力的!アガサ・クリスティの傑作「ナイルに死す」映像化で比較する、3者3様のポアロ

ブラナー版はエモーショナルなポアロで驚かせる

さらにユスティノフ、スーシェのポアロと、このブラナー版『ナイル〜』が大きく違うのは、原作にも存在しないエピソードを入れ、そこがポアロのキャラクター、および演技に大きな影響を与えた点。第一次世界大戦にベルギー軍の兵士として戦場に向かったポアロは、そこで「推理」の才能を発揮して自軍の作戦を成功に導くも、顔に負った深い傷を隠すために口髭を生やすことになる。さらに愛する女性を失うという悲劇にも見舞われる。肉体の傷が、おなじみの外見のきっかけになるだけでなく、心の傷が『ナイル〜』の謎解き、とくに終盤のドラマで、過去の2人とはまったく別の、激しい感情表現を導いていく。これほど怒り、苦しみ、悲しむポアロの姿は、今回のブラナー版が初めてではないか。

ブラナー版『ナイル殺人事件』ではポアロ自身の過去や秘密も明かされる
ブラナー版『ナイル殺人事件』ではポアロ自身の過去や秘密も明かされる(c)2022 20th Century Studios. All rights reserved

3人のポアロの共通点を挙げるなら、それぞれフランス語訛りの英語を意識していること(ポアロはベルギー人で、フランス語圏出身)。ユスティノフのセリフ回しは、ゆるやかなフランス風だが、スーシェの場合は、自身の声色まで変えて、フランス語訛りの英語のセリフを口にする。彼はポアロを演じ始めてから、もともと「サシェット」という発音だったラストネームを、フランス語読みの「スーシェ」に変更したほどだ。そしてブラナーは、3人の中で最もはっきりとフランス語訛りを強調している。舞台での経験も豊富な彼なので、いい意味での芝居めいたセリフ回しが、ブラナーのポアロの個性になっている。

長くて豊かな口ひげにも注目(『ナイル殺人事件』)
長くて豊かな口ひげにも注目(『ナイル殺人事件』)(c)2022 20th Century Studios. All rights reserved

似ているようで、個性が見え隠れするのが衣装だ。ナイル川のクルーズで遺跡を訪ね歩く設定なので、3人とも日中は白やオフホワイトのスーツが基本。ユスティノフのポアロは凝ったデザインで、名探偵の細かいこだわりを伝える。スーシェのポアロはオーソドックス。そしてブラナーは、白だけでなく遺跡巡りでグレーのスーツを着用したりと、アイテムの数でおしゃれさをアピール。3人ともディナーの時間には黒いタキシードをきっちり着こなすのも、いかにもポアロらしい。

【写真を見る】白のスーツはポアロの定番。各作品、ポアロのお洒落を味わうのも楽しい(78年の『ナイル殺人事件』)
【写真を見る】白のスーツはポアロの定番。各作品、ポアロのお洒落を味わうのも楽しい(78年の『ナイル殺人事件』)写真:EVERETT/アフロ

そして3人の個性がくっきり分かれるのは、クライマックスで殺人の謎を解くアプローチかもしれない。最も整然と、理詰めで真犯人を明らかにするのは、スーシェのポアロ。一方、ユスティノフのポアロは重要な瞬間に、真犯人にカマをかけ、動揺させる。相手を騙して混乱させる、高等テクニックで勝負に出るという、ポアロの狡猾さを印象づける。ブラナーのポアロは、そこまでの彼の心情が他の2人と異なるとはいえ、謎解きを進めるうちに、どんどん早口になり、激しい感情に支配されていく。その意味で、そこで話を聞く人々や、映画を観るわれわれを引き込む度合いはいちばん高いかもしれない。

細かい変更は多々あるものの、基本となる殺人事件と真犯人、その動機と犯行のトリックは原作に忠実な、3本の『ナイル殺人事件』。しかしポアロ役が変われば、ここまで作品のテイストも異なってくるという当然の事実を、名優3人が示してくれる。ぜひ3作を観比べてほしい。

文/斉藤博昭

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