ゴリと又吉直樹が沖縄本土復帰50周年に感慨!第14回沖縄国際映画祭のプレイベントが開催
4月16日(土)~17日(日)に沖縄で開催される「島ぜんぶでおーきな祭 第14回沖縄国際映画祭」のPRイベントとして、島ぜんぶでおーきな祭presents「有楽町でも沖縄国際映画祭!」と題したイベントが、3月27日によしもと有楽町シアターで開催。ガレッジセールゴリ×又吉直樹スペシャルトークショーに続いて、島ぜんぶでおーきな祭の概要が発表された。
沖縄出身の芸人で、映画監督としても多数の作品を撮影してきたゴリは、沖縄の魅力について「僕は気候が大事だと思ってて。沖縄で撮影すると、移動中のきれいな海や、葉っぱの大きな森が見えたりするので、心のストレスがない。こんなに疲れないんだ!と思うと、長寿の理由がわかる」としみじみ語る。
芥川賞作家で両親が沖縄県出身の又吉は「親戚がずっと沖縄に住んでるので、祖母によく会いに行っていて、長い期間、沖縄にいた思い出があります。自分の祖母のイメージが沖縄そのもので、会うとおばあちゃんが泣きながら『直樹、今回が最後だから。葬式の時は帰ってくんな。飛行機代もかかるから』と毎回言われて。でも、祖母は103歳でいまも生きてます」と言って、会場の笑いを誘った。
続いて、本土復帰50周年となる沖縄についてゴリは「僕は本土復帰の年、1972年生まれの“ふっきっこ”なんです。ドルが円に変わったり、大阪に行く時はパスポートを使ってたりしました。でも、うちのかあちゃんは復帰前もたくましく生きていた」と子ども時代を振り返った。
又吉も「復帰したことによって、2~3年後に父が大阪で母と出会ってるので、それって自分自身が存在するかどうかに関わってくる。父は競輪選手になりたくて大阪に行ったらしいんですが、そのテストの会場にたどりつけなかったらしくて(苦笑)。でも、自転車は好きでしたし、仕事を探しに行ったのが、大阪に行くきっかけにはなってます」と感慨深い表情で語った。
また、ゴリは「まだ、発表にはなってないんですが、本土復帰50年に関するなにかしらの作品を発表します」と宣言し「まだ、リリース前なので、それが映画なのか本なのかはわからないけど、2年前から動いてました。でも、実は以前に動いていたものと似たような話が別で進んでいたんです。僕のものが完全にぱくったと思われそうだったので、1年かけて書き上げたものを全部捨てて、また新しいものを書き上げました」と驚きのエピソードを披露。
又吉は「捨てたものもぜひ発表していただきたい」とリクエストすると、ゴリはそのことが発覚した時を振り返り「衝撃的でした。内容は違うけど、概要が似てるからダメだと」と、泣く泣く諦めたそうだ。
又吉は「50年という同じタイミングで同じテーマを掘り下げようと思った時、重なるのはしょうがない」とゴリに同情しつつ「また、ギリギリで同じ内容を作ってますという人が現れるかもしれないから、早めに出したほうがいいですよ」と言うと、ゴリも「こわいこわい」と苦笑いした。
これまで「火花」や「劇場」などの著書が、ドラマ化や実写映画化されている又吉は「毎回ちゃんと作品を大事に扱ってくれてるのがうれしい。物語と物語の間にある話を描くオリジナルの場面を見た時、それがつながってるとすごいうれしくて。プロってすごいなと感じます」と映画やドラマの制作陣に感謝しているそう。
又吉の原作をゴリが監督するというコラボレーションは可能か?と尋ねられると「僕は人が書いたものを自分が撮るということは怖いです」とコメント。「よく漫画や小説の実写化とかあるけど、漫画のイメージと違うとか言われそうなので。僕自身で撮るものは、全部自分で脚本を書きますが、又吉くんが書いたもんを僕が台無しにしてしまうのが怖い」。
又吉は「1行も原作が残ってなかったらおもしろいです」と笑いを取ると、ゴリが「映像化してもらった時、自分のなかで『ええ!これ、違う』と思った時の心の調整は?」と逆に質問する。又吉は「僕は恵まれてて、いままでそういう齟齬(そご)はなかったです」と笑顔で語った。
第2部では、「島ぜんぶでおーきな祭 第14回沖縄国際映画祭」で上映される5部門23作品が駆け足で紹介された。昨年に続き、コロナ禍で感染予防対策を重要視しながら、様々な内容で開催される予定なので、乞うご期待。
取材・文/山崎伸子
■開催期間:4月16 日(土)・ 17 日(日)
■開催 場所:那覇市国際通り周辺、桜坂劇場、琉球新報ホール、那覇市民ギャラリー 、よしもと
沖縄花月、首里観音堂、イオンモール沖縄ライカム、ほか
※各種イベントはオンライン上でも視聴可能
■主催:沖縄 国際映画祭実行委員会
■運営: 株式会社よしもとラフ& ピース
■実施コンテンツ:映画の作品上映・オンラインコンテンツ・アート展示 ほか
■ホームページ: