瀬々敬久監督が明かす令和における「とんび」映像化の意義「親から子へ、そして孫へとバトンを渡していく」
「夜の海辺のシーンは安田さんの表情に、観客は感情移入すると思う」
陽気な昭和の頑固オヤジを絵に描いたようなヤスは、ことあるごとに仲間たちと取っ組み合いの喧嘩を始める。そのドタバタが笑いと温かさを生み、シリアスな物語に絡んでいいリズムを作っている。「シナリオのセリフ回しがすでにコミカルになっているので、僕がなにか演出するということはなく、芸達者な皆さんがうまくやってくれました。ただ、怪我をしやすいシーンでもあるので、アクション指導の方についていただき、すべて型を決めて動いています」と万全の態勢で臨んだそう。そのうえで、「僕は『喜劇 女は度胸』など森崎東監督の作品がとても好きだったので、やっぱり、こういうシーンはやっていて楽しいですよ。つい現場でニヤニヤしながら見ていました」とうれしそうに語る。
多くの観客に涙を誘うのは、妻を亡くして悲しみが癒えないヤスに、幼なじみの父で寺の住職・海雲(麿赤兒)がヤスと幼いアキラを雪降る海に連れだし、厳しく叱咤激励するシーンだろう。「子ども(幼いアキラ)が絡むシーンなので、夜8時には絶対に終わらせないといけない。つまり撮影できるのは賞味3時間。1シーンに、3日間もかけました」と苦労もあったようだ。「俳優さんたちはテンションを保つのが大変だったと思います。だから初日は引きの画、2日目に寄りを撮ることにして。海雲の言葉は文字だとグッとくるけれど、意外に『雪は海に溶けていくだろう。ヤス、海になれ』といった言葉がセリフになると、伝わるのが意外に難しい(笑)。文学だなあ、と感じましたね。映画でうまく伝わるかという不安を払拭してくれたのは、海雲の言葉に対する阿部さんの受けの表情でした。それがあのシーンを成立させてくれました」。
「さらに海雲の横にいるヤスの幼なじみである照雲(安田顕)が、グッと噛みしめる顔をしています。第三者として見守っていた照雲の気持ちがグッと来て、泣きそうになっている。そんな安田さんの表情に、観客は感情移入すると思いました」と、アンサンブルによって生まれた名場面の裏側を教えてくれた。
「リハーサルなどをあまりせず、カメラを回しながら進めていく」
ヤスが“とんびが鷹を生んだ”と仲間に言われ、まんざらでもない顔をする息子アキラの思春期以降を演じるのは、北村匠海。瀬々は「ドラマ版でアキラを演じたのは、池松壮亮くん、佐藤健くんでしたが、北村くんも彼ら2人の系譜に連なる。彼らが若いころに持っていたものと同種のナイーブさがあると思いましたね。ナイーブななかにも繊細な優しさを持っています。普段は穏やかで静かな感じですが、カメラの前に立つと一転して激しさを発揮し、瞬発力のすごさも感じました」と北村の魅力を分析する。
いろんなエピソードがあるなかで、アキラを我が子のように世話する小料理屋の女将、たえ子(薬師丸ひろ子)の元に娘が訪ねてくる場面も、涙腺崩壊必至の名シーンだ。「絶対に娘と目が合わないようにしているのは、薬師丸さんの芝居づくりでした。たえ子が料理を出し、(娘が)『おいしいです』と言った瞬間、初めて2人の目が合うからこそ、そこで観客はグッと来ますね」。そんな心動かされるシーンは、「リハーサルなどをあまりせず、カメラを回しながら進めていく感じ」という、それによって鮮度抜群の感動の瞬間が捉えられた。