阪本順治監督が讃える、伊藤健太郎の熱演「実体験とすり合わせて演じてくれた」
『顔』から『半世界』まで…阪本順治監督を語る上で欠かせない傑作の数々
阪本監督といえば、デビュー作『どついたるねん』(89)で“浪花のロッキー”と称された赤井英和の自伝を基に、再起不能となった元チャンピオンボクサーが現役復帰を目指す様を描きだし、数多くの映画賞に輝いた。以後もその硬派な作風は社会派ドラマからバイオレンス、さらに“どこか完璧になりきれない”人間の性を描いた濃密な人間ドラマにいたるまで多岐にわたるジャンルに反映されてきた。
藤山直美主演の『顔』(00)は衝動的に妹を殺してしまった女性が各地を転々としながら生きる様を描く、昭和の犯罪史を騒がせた実在の事件を想起させるヒューマンコメディだ。転落していく人生のなかでさまざまな人々と出会い、人の温かみや生きる意欲を見出していく。シリアスさと喜劇が表裏一体で存在するスタイルは、その後の『魂萌え!』(07)や『大鹿村騒動記』(11)などにも通じることとなり、阪本作品の一つの代名詞として確立していく。
2010年代にも精力的に作品を発表し続けた阪本監督は、湊かなえの小説を原作に吉永小百合を迎えた『北のカナリアたち』(12)では人が抱える心の傷に向き合うヒューマンサスペンスを、稲垣吾郎を主演に迎えた『半世界』(19)では40歳を目前にこれから先の人生をどう生きるか葛藤する3人の男たちの姿を描きだす。どの作品でも共通しているのは、一人の主人公を中心に周囲の人々たちのドラマも満遍なく、誰一人として“背景”にすることなく丁寧に描写することだ。
『冬薔薇(ふゆそうび)』でも、伊藤演じる淳を中心に、小林薫と余貴美子が演じる淳の両親、さらには永山絢斗や毎熊克哉、坂東龍汰、河合優実ら注目の若手キャスト陣が演じる若者たちの人生を描きだし、物語にさらなる深みと奥行きを与えていく。時にヒリヒリと、時にじんわりと心に突き刺さるドラマを紡ぎだす阪本監督らしい魅力が存分に込められた本作は、阪本監督の新たな代表作となることだろう。
文/久保田 和馬