能楽師、琵琶法師、平曲…伝説の能楽師・犬王の“語られなかった物語”を知るキーワードまとめ
『夜は短し歩けよ乙女』(17)などの湯浅政明監督が手掛け、ロックバンド「女王蜂」のアヴちゃんと森山未來がW主演を務める『犬王』(公開中)。南北朝時代を舞台に、当時人気を博した伝説的能楽師、犬王とその相棒の琵琶法師、友魚(ともな)の絆を描いていくミュージカル・アニメーションだ。幼いころに平家の呪いで視力を失った友魚が琵琶法師となり、京の猿楽の一家、比叡座に生まれた異形の少年、犬王と出会ったことで物語が始まる。同じ時代に京で隆盛を極めた能楽と琵琶法師の「平曲」が本作でも重要な役割を担っているが、”能楽師””琵琶法師””平曲”などと聞いても、ピンとくる人はあまり多くないのでは?
そこで本稿では、『犬王』をより深く、楽しんで観るために欠かせない要素と、そんな“能楽”を新たな視点で語るために集結した、スタッフ&キャスト陣について解説、紹介していく。
原作は古川日出男による「平家物語 犬王の巻」
そもそも「平家物語」と言えば、「祇園精舎の鐘の声…」でおなじみの作者不明の軍記物語。今年1月にはテレビアニメ化もされたが、その「平家物語」の現代語訳を行ったのが小説家として活躍している古川日出男だった。その後、続編のような形で古川によって執筆された小説「平家物語 犬王の巻」は、能を大成した猿楽師の観阿弥と人気を二分し、観阿弥の息子である世阿弥にも影響を与えたと言われる実在の能楽師、犬王を主人公に、ひょんなことから彼の相棒となった琵琶法師の友魚との友情や、物語を語り継ぐことに対する情熱が綴られている。
犬王は、室町幕府3代将軍、足利義満にも高く評価されていたにも関わらず、一切の作品が現存していない。そんな伝説の能楽師の“あったかもしれない”物語が収められたのが「犬王の巻」だ。鎌倉時代に口語体で書かれた「平家物語」をリズミカルな文体で現代語訳した同著を映像化するには、まさにミュージカル・アニメーションがピッタリだと言えるだろう。
犬王が才能を開花させた“能楽師”とは
犬王の肩書きである「能楽師」とは、日本古来の歌舞を中心とした芸能、能楽の演者を指す言葉。能楽は当時「猿楽(さるがく)」と呼ばれており、やがて喜劇やコントに似た“狂言”、物の怪や幽霊が登場するミュージカルやオペラに近い“能”の二種が確立されていった。劇中で犬王は素顔を隠す目的で面をしているが、能は仮面をつけて歌舞することが特徴として挙げられ、狐面やひょっとこ、般若、若女の面など、現在まで広く知られる面も、元は猿楽をルーツとしている。
また、能楽の謡曲には源氏物語、平家物語、今昔物語など、現在古典として親しまれている作品をベースにしているものが多く存在している。『犬王』の時代の京には、犬王で知られる近江猿楽の「比叡座」、観阿弥と世阿弥の親子で有名な「大和猿楽」「結崎座(のちの観世座)」など複数の流派が存在し、鎬を削っていたという。ちなみに、「囃子」と呼ばれる伴奏が能楽にはあるが、笛や大小の太鼓を使い、琵琶は一般的ではなかったようだ。
歌で歴史を広める盲目のアーティスト“琵琶法師”
本作のもう一人の主人公である友魚は、「耳なし芳一」などの昔話でも知られる、「平家物語」を歌にした「平曲」を語る盲目の琵琶法師。おもに視力を失った人々が琵琶を習得し、貴族や武士らの屋敷や道端などで演奏することで、いわゆるチップを得て生計を立てていた。鎌倉時代の琵琶法師には、仏教僧が楽器と歌声でお経を唱え、仏を供養し各地を回る盲僧琵琶と、平曲を中心とした軍記物語を歌う平家琵琶の2パターンがあり、友魚は後者に該当する。
その後、劇中で友魚も出会う平家琵琶の達人、明石覚一の登場により現在まで最も知られる「平家物語」の形式が作られ、足利義満の庇護を受けながら室町時代に「平曲」は最盛期を迎えたと言われている。