『ブラック・フォン』や「ムーンナイト」のキャラも強烈!演技派イーサン・ホークが見せてきた“狂気”に迫る
死者とつながる電話をめぐるサイキック・スリラー『ブラック・フォン』(公開中)でのサイコパスな誘拐犯や、多重人格ヒーローを描いたマーベル・シネマティック・ユニバース(MCU)のドラマシリーズ「ムーンナイト」のヴィラン役で強烈な個性を放ったイーサン・ホーク。10代半ばに冒険SF『エクスプロラーズ』(85)で主演デビューを飾ったホークは、すでに35年以上のキャリアを持っている。澄んだ瞳と端整な顔立ちが魅力ながら、誠実ないち市民からちょい悪オヤジ、冷徹な犯罪者まで幅広い役をこなす演技派だ。悪を演じた数こそ多くはないが狂気をにじませた複雑なキャラクター像は十八番である。そんな彼の狂気が垣間見える作品をピックアップしてみたい。
正義感あふれる新人刑事の道徳観が試される『トレーニング デイ』
デンゼル・ワシントン主演、アントワーン・フークア監督の『トレーニング デイ』(01)は、ホークの代表作の一つ。本作で演じたジェイクは、自ら志願し麻薬捜査課に配属された正義感の強い新人刑事だ。目的のためには違法行為もお構いなしの悪徳警官アロンゾ(ワシントン)とコンビを組んだことから、“正義”とはなにかを自問することになる。勤務初日の希望にあふれた姿からついに一線を越えるところまで、揺れるジェイクの心情を激しくも繊細に表現したホークは絶賛され、第74回アカデミー賞の助演男優賞にノミネートされた(ワシントンは主演男優賞を受賞)。
ホークはその後もフークア監督の2本の映画に出演し、『クロッシング』(08)では敬虔なクリスチャンでありながら金のために殺人まで犯す悪徳警官、『マグニフィセント・セブン』(16)ではPTSDに苦しむ元南軍のスゴ腕スナイパーと、どちらも壊れた男を演じて存在感を発揮した。
一家殺人事件の真相にノンフィクション作家が迫る…『フッテージ』
『フッテージ』(12)は『ブラック・フォン』のスコット・デリクソン監督と組んだオカルトホラー。一家惨殺事件を追うノンフィクション作家エリソン(ホーク)が、事件の真相を追うなかで邪悪な“なにか”に憑かれてしまう。オカルトとサイコスリラーの要素を掛け合わせた本作で、ホークは猟奇殺人だけでなく自身の心の闇にもはまり、どんどん病んでいくエリソンを怪演。衝撃のバッドエンドを含め、ホークの役への憑依ぶりが堪能できる一本だ。
職務に忠実な刑事が町にはびこる闇に引き込まれていく『リグレッション』
エマ・ワトソンが父親からの暴力を告発する少女を演じた実話ベースのスリラー『リグレッション』(15)で、ホークが演じたのは事件担当の刑事ケナー。被害者アンジェラ(ワトソン)の証言を基に捜査を始めた彼は、やがて町にはびこる悪魔崇拝のコミュニティにたどり着く。アンジェラを救うため、がむしゃらに捜査に打ち込むケナーは、いつしか周囲から孤立し現実と虚構の狭間に迷い込む…という、『フッテージ』のエリソンにも通じる趣だ。憑かれたように突っ走る中盤までの怖さはもちろん、終盤の慈しみあふれる演技にも注目してほしい。
環境破壊への憂慮が一人の牧師を凶行へと駆り立てる『魂のゆくえ』
イーサン・ホークが心に傷を抱えた牧師を演じたポール・シュレイダー監督作『魂のゆくえ』(17)は、彼の近年の代表作と言える一本。小さな教会をやりくりする牧師トラーは、中絶をめぐり対立したある夫婦との出会いを通して、神への信仰に疑問を抱き始める。環境破壊、イラク戦争での息子の死、自身の病…と様々な出来事に直面し、少しずつ変化していくトラーの精神状態。物静かで思慮深かった牧師がやがてテロ行為へと走ってしまう展開は、シュレイダーの脚本家時代の代表作『タクシードライバー』(76)を思わせる。ふとした仕草や表情の変化で迷えるトラー役を演じたホークは、本作で全米批評家協会賞主演男優賞ほか多くの賞に輝いた。
天才発明家の孤独を描く実験的(?)な伝記作品『テスラ エジソンが恐れた天才』
発明王トーマス・エジソンのライバルで、交流電流を推進したニコラ・テスラ。ホークがこの天才発明家を演じたのが『テスラ エジソンが恐れた天才』(20)だ。ホークはセンターでビシッと分けた独特の髪型に口髭をたくわえたクセ強めなビジュアルで登場し、エジソンとの“電流戦争”に勝利したものの、天才がゆえに周囲からの理解が得られず孤独を深めていくテスラを静かに好演している。開発欲にあふれた青年時代から枯れた晩年まで演じ分け、終盤にはティアーズ・フォー・フィアーズの名曲「ルール・ザ・ワールド」を歌いだす驚きの実験的なシーンも!ホークの渋い歌声を聞くことができるなど、ある意味で彼のファン向けの映画と言えるかも?