「鎌倉殿の13人」でも頭角を表す坂口健太郎。『ヘルドッグス』で“覚醒”するまでのキャリアを振り返る
苦悩を吐きだす芝居で見せた『余命10年』が新たな代表作に
そんな坂口が、撮影中、最も役の人物として生きていたに違いないのが『余命10年』(22)で演じた真部和人だ。本作は余命10年を宣告された20歳のヒロイン・茉莉(小松菜奈)と彼女が地元の同窓会で出会い、恋におちた和人との最後の10年を描いたもの。彼らがしっかりと生きた10年が1年をかけてじっくりカメラに収められていたが、常に明るく振る舞いながらも、ふとした瞬間に苦しみや寂しさを滲ませる小松の表情と、そんな彼女にリアルに反応して苦悩する坂口に激しく心を揺さぶられた人も多いはず。中でも、茉莉から自分の病気が“不治の病”であるという真実を聞かされ、別れも告げられた和人がスキー場で号泣するシーンはこれまでになく凄まじいものだった。あれはもはや、芝居や計算ではない。生きる希望を与えてくれた茉莉を自分は救うことができない。和人として生きていた坂口が、その無念や悔しさをストレートに吐き出したリアルな感情だったような気がする。
こうして振り返ってみると、坂口がゆっくりとした足取りではあるが、変化し始めているのがよく分かる。これまでの好青年という殻を少しずつ破り、野心という名の牙を露にしようとしている気がしてならない。ここまで書いてきた恋愛映画での感情表現でもそれは顕著だが、出演作や演じるキャラクターの広がりにもそれを感じる。
『仮面病棟』(20)では異色の体感型ミステリーに挑戦。 1日限りの当直医になった速水秀悟を演じ、閉ざされた病院内での凶悪犯との頭脳戦をスリリングで緊迫感のあるものに。犯人と駆け引きをしたり、真実に辿りつこうとする速水の思考を、瞳の輝きの変化と安定感のある言動でしっかり伝え、観客を映画の中にまんまと引きずり込んでいたのも流石だ。また、テレビドラマをバージョンアップさせた『劇場版シグナル 長期未解決事件捜査班』(21)では、本格アクションに果敢にチャレンジ! テロリストとの危険な肉弾戦にも全身で挑んでいたが、あれは自分がこのジャンルもできるんだということを強く訴える坂口のアピールだったのかもしれない。
一触即発の狂気をまとう恐ろしさを体現!到達点と呼べる『ヘルドッグス』の室岡
そう思ったのは、坂口健太郎が最新出演作の『ヘルドッグス』(22)で演じたヤクザの室岡秀喜が、さらに高度なアクションを求められる、彼のこれまでのイメージや限界をぶっ壊すようなキャラクターだったからだ。
原田眞人監督と主演の岡田准一が『関ヶ原』(17)、『燃えよ剣』(21)に続いて3度目のタッグを組み、深町秋生の警察小説「ヘルドッグス 地獄の犬たち」を映画ならではのオリジナルの設定をプラスして映画化した本作は、日本映画の常識を破壊するノンストップ・クライム・エンタテインメント。「いままで観てきたフィルム・ノワールに対する自分なりの答えを表現してみたかった」という、原田監督のこだわりと美意識が徹底された意欲作でもある。
愛する人を殺され、その復讐のためだけに生きる元警官の兼高(岡田)は、警察から関東最大の広域暴力団・東鞘会に潜入し、七代目会長・十朱(MIYAVI)率いる最強の精鋭部隊“ヘルドッグス”の一員になるという危険なミッションを強要される。そんな彼が潜入のきっかけを作るために喧嘩を売るのが、坂口演じる室岡秀喜だ。
室岡は仲間からも恐れられる制御不能の“サイコボーイ”だが、警察のデータ分析によると兼高との相性は98パーセント。その数字通り、ふたりは互いになくてはならない最強のバディになっていくのだが、坂口は映画の冒頭から兼高役の岡田と一緒に全力で駆け回り、肉体を鍛えるための激しいトレーニングを連続させて観る者を圧倒する。
しかも、その表情にはいつもの優しさや穏やかさはなく、眼が妖しい光を放っている。薄ら笑いで下ネタもバンバン飛び出す汚い言葉を吐きまくるし、相手の言動に反応して一瞬でキレる一触即発の狂気をまとっているから恐ろしい。東鞘会のインテリチキン・三神國也(「はんにゃ」の金田哲)に牙を剥くシーンなんて、普段の坂口からは想像できないその恐ろしさと迫力、刃物のようなシャープな斬れ味にビビりまくることになるのだ。
そして本作の最大の見どころが、ファイトコレオグラファー(殺陣の振付師)も兼任する岡田が室岡のキャラからイメージして作り上げたキレッキレのアクション。そして、兼高と彼の正体に気づいた室岡がクライマックスで炸裂させるスリリングなバトルとその結末だ。
こんな坂口健太郎は見たことがない! 逆の書き方をするなら、彼はこの覚醒の時を待っていたのかもしれない。坂口健太郎の第2章がいよいよここから始まる。
文/イソガイマサト