『スペンサー ダイアナの決意』クリステン・スチュワートの、ドレスコードに風穴を空けるファッション哲学とは?
意欲作を連発し、ドレスコードに風穴を開ける
同じアサイアス監督のサイコスリラー『パーソナル・ショッパー』(16)では、多忙なセレブに代わって服やジュエリーを買い付ける買い物請負人のモウリーンを演じたクリステン。一方でモウリーンは亡くなって間もない双子の兄の亡霊と交信しているという設定が、映画が纏う不気味な空気感の要因になっている。カンヌ映画祭で本作を鑑賞した記者の1人は「ビーチパーティでシャンパンを飲み干してもかき消せない悲しみのリボンを持っている」と評し、クリステン自身は「かつてないほど死を身近に感じた」とコメント。アサイヤスと組んだ2本で彼女が演じることの楽しみと怖さを知ったことは大きい。
『セバーグ~素顔の彼女~』(19)では、1960年代後半、公民権運動に共感し、急進派のプラックパンサー党とのリンクを疑われ、FBIから危険人物に指定された結果、精神に異状を来していく俳優、ジーン・セバーグを演じたクリステン。実話を基に1人の女性の内面に切り込んでいくクリエイティビティ勝負の演技プランは、『スペンサー~』へと繋がるもの。さらにそれは、彼女の長編監督デビュー作で、バイセクシュアルの活動家、リディア・ユクナビッチの回顧録に基づく『The Chronology of Water』へと繋がっていく。そこにはもはやかつてのアイドルの面影はない。
私生活では、『トワイライト~』の共演者、ロバート・パティンソンとの4年に及ぶ交際や、『スノーホワイト』(12)の監督、ルパート・サンダースとの不倫を経て、2017年に自身がバイセクシュアルであることを名言。2021年11月に脚本家のディラン・マイヤーと婚約。直後、ラジオ番組「ハワード・スターン・ショー」にゲストとして出演した際、婚約の経緯を聞かれたクリステンは、Fワードを挿入して「結婚が待ちきれない!」と告白しスターンを圧倒する。
クリステンのモード哲学はさらに明確で、例えば2018年のカンヌ映画祭ではレッドカーペットのど真ん中でヒールを脱いで裸足になるという行動に出てメディアを騒然とさせる。それは、「カンヌのドレスコードは単なる既成事実に過ぎない」という本人の考えを実践した結果であった。さらに、昨年度のオスカーナイトでディラン・マイヤーと共にレッドカーペットに現れたクリステンは、シャネルのジャケット&ショートパンツというセットアップで歴史あるセレモニーのドレスコードに風穴を開けた。シャネルが彼女を2013年以来ミューズに指名しているのは、そんなモードの切込隊長的スタンスがブランドの思想とマッチしているから。アイドルから演技派へ、ハリウッドからフランスへ、俳優からブランドの顔へ、自由に渡り歩くクリステン・スチュワートの型破りな反撃は、いま始まったばかりだ。
文/清藤秀人