ベストセラー作家、湊かなえが告白する6000字。『母性』に込めた“母”としての想い、作家としての原点
「人間って二極に分けられるものじゃない。そういったことを小説にしたいと思いました」
湊は、2007年に「聖職者」で小説推理新人賞を受賞。同作を収録する「告白」が「週刊文春ミステリーベスト10」で国内部門第1位に選出され、2009年には本屋大賞を受賞した。「夜行観覧車」「Nのために」や「白ゆき姫殺人事件」「ポイズンドーター・ホーリーマザー」など映像化の実現した作品も多く、日本を代表するベストセラー作家となった。ここからは、彼女の作家としての原点に迫ってみたい。
「母性」では、ルミ子と清佳、それぞれの回想と手記によって人生が語られ、お互いの言い分によって、起きた出来事の見え方やその時の感情がまったく違ってくる点が、大きな見どころだ。語り手を変えながら、複数の視点によって物語を紡ぐという手法は、湊作品の真骨頂とも言えるものだが、こういった視点の持ち方は、どのように身につけてきたのだろうか。
湊は「物語を書くのが楽しくなってきた時期に、白血病になってしまった親戚がいました。身近な人は型が合わなかったので骨髄バンクに登録したところ、適合する人が見つかったのですが、その方が突然辞退されたんです。当時、仲の良かった友だちに『なんで辞退したんだろう』と話したところ、その子はもともと身体が丈夫ではなかったので、『私も辞退するかもしれない。もし健康を損なうようなリスクを負うとしたら、小さな子どももいるし、その子を育てられるかもわからなくなってしまう』と。大きな病気をしたことがない私は、そんな視点を持ったことがなかった」と振り返り、「その時に『自分が当然だと思うことも、反対の意見の人がいて、それはおかしいことではない。絶対に理由があるはずだ』とひしひしと感じて。そういったことを小説にしたい、それこそが小説を書く楽しさなのではないかと感じました」と吐露。「自分の思想とは違う人を書けば書くほど、おもしろいですね。自分とはまったく違う人生を体験できますから。人間って二極に分けられるものじゃない。どうやって育って、どういう人生を歩んだら、こういう考え方になるのだろう?その真ん中にいる人は?と掘り下げていくことで、デビュー作の『告白』が出来あがりました」と熱っぽく、やりがいを語る。
また青年海外協力隊隊員としてトンガに赴任し、家庭科の教師として栄養指導を行なっていた経験も、視点の持ち方に影響を与えているという。
「トンガは国民のほとんどがキリスト教徒で、日曜日には朝昼晩と、3回も教会に行くんです。そしてトンガは肥満大国でもあって、生活習慣病にかかっている人も多い。健康に痩せる方法を学んでもらうために、家庭科の先生としてトンガに行ったのですが、『油を摂りすぎてはいけないよ。太りすぎて、病気になって早く死んでしまうよ』と言うと、『死は悲しいことではない。イエス様のもとへ行くことを許されることだ』という話になる。自分の育ってきた環境や価値観を、この人たちに押し付けるわけにはいかないなと思って『不健康だと教会に通えないよ』とか、そういった言い方を考えてみたり」という経験もあり、小説を書く時には「自分の価値観が正解ではないということを、いつも自分自身に言い聞かせています」とモットーを明かす。
「3日寝ずに語れるくらい、大映ドラマの申し子です」
嫉妬や憎しみ、悪意など、誰にも見せたくないような人間の闇の部分をえぐりだすことにも定評のある湊だが、インタビューで対峙していると、柔らかな笑顔とユーモアを絶やさない彼女からは、温かな人柄が伝わってくる。バンクーバー国際映画祭では現地のファンと交流する場面もあり、「こんなに気さくな人だとは思わなかった」「書いているものからイメージしていた人と違った」と作品と本人のギャップに驚く人の姿も見受けられた。
「サイン会に来ていただいた方にも、そう言われることが多いです」と切りだした湊は、「私だって誰かを妬むこともありますし、怒ったりもします。妬みって、持っていてもいい感情だと思うんです」とにっこり。「妬む気持ちを小説として書く時には、自分のなかにある妬みを見つけて、取りだして、キャラクターに寄り添わせていきます。私は書くことで、その闇を浄化しているのかもしれません。皆さんに闇のお裾分けをしている」と笑いながら、「でもきっと誰かを妬んだことがない人なんて、いないと思うんです。嫉妬心は、誰にでもあるもの。サイン会で『親友を妬んでしまう自分は、人間としてどこか欠けているのかと悩んでいた。でも私だけじゃないんだ、そういう気持ちを持っていてもいいんだと思えて、楽になりました』と言ってくださった方がいて。私の小説を読んで、闇の心を過剰に発動させるのではなく、劇中のキャラクターのようにならないためにはどうしたらいいのか、どうやったら怒りや妬みの気持ちを小さくできるのかと考えてもらえたら、とてもうれしいなと思っています」と願いを込める。
小さなころから「本を読むのが好きだった」という湊。読者としては「ミステリーの王道を突き進んできた」そうで、「まずはポプラ社の『怪盗ルパン』シリーズが1冊だけ家にあったので、そこから読み始めて、図書室に通うようになりました。江戸川乱歩を読み、赤川次郎ブームに乗り、コバルト文庫をつまみ食いしたのが、中学時代。高校生になると少し背伸びをしたくなったのか、アガサ・クリスティを読んで、大学生で東野圭吾さん、宮部みゆきさんを買い漁って。そのあとに綾辻行人さんや、有栖川有栖さんを読む…という、ミステリー好きの王道。誰が犯人だろうと予想したり、謎が解けていく過程が大好きなんです」とミステリーと共に育ってきた。書き手として刺激を受けたと感じているのは、三浦綾子の「氷点」。「章の区切り方が絶妙で、次から次へと読み進めたくなる。私も、いっき読みできるように『ここでちょっとドキドキワードを入れておこう』と考えたりしますが、そのやり方は『氷点』から学んだように思います」と教えてくれた。
「ドラマも大好き」という湊だが、1970年代から80年代にかけて、強烈な個性を持ったキャラクターやセリフが人気となった「大映ドラマ」がとりわけお気に入りだったのだとか。「大映ドラマの申し子です」と声を弾ませた湊は、「観ていた当時、大好きだったのが『スクール・ウォーズ』。『乳姉妹』や『ポニーテールはふり向かない』『少女に何が起ったか』も好きでしたね。石立鉄男さんが『薄汚ねぇシンデレラ!』と(主人公を演じる)小泉今日子さんをいじめたりして。3日寝ずに語れるくらい、大映ドラマは大好きです」と目尻を下げるように、大映ドラマも湊作品に影響を与えている様子。
「田舎にずっと住み続けているので、本やドラマは身近なものでした。一方、周囲には映画館がなかったので、映画に行くのはイベントごと。だから自分の小説が映画になって映画館で上映されるということは、ご褒美のようにうれしいことなんです」と、「母性」の映画化にも大喜び。身を削りながら小説を書くという作業は苦しいことでもあり、今年は1年間の休筆宣言をしているという。「一度そういったことをやらないと次の10年に行けないのではないかと感じた」と胸の内を語りつつ、いままたムクムクと創作意欲が湧き上がってきている最中なのだという。「世界中の人に小説を読んでもらいたいけれど、『誰にでも刺さるものを』と狙って書いたとしたら、きっとつまらないものになってしまう。自分が向き合いたいと思った課題を、まっすぐ見つめていきたいです」と穏やかな笑顔の裏側に、信念を貫く強さとエネルギーを秘めていた。
取材・文/成田おり枝