ベストセラー作家、湊かなえが告白する6000字。『母性』に込めた“母”としての想い、作家としての原点

インタビュー

ベストセラー作家、湊かなえが告白する6000字。『母性』に込めた“母”としての想い、作家としての原点

「母親が、子どもの犠牲にならなくてもいい」

模範的な母親になれない女性を主人公とした本作だが、産んだ途端に母親らしさを求められることに、戸惑ったことのある人もきっと多いことだろう。たしかに母性神話は、いまも強く社会に残っている。湊は「母性を神聖化しすぎているんじゃないかと感じます。子どもが生まれた瞬間に、聖母マリアのような愛を求められたりもしますよね」と持論を展開。「私は、いろいろなタイプの母親がいていいと思っています」と語る。

“母性”のないルミ子。模範的な母親になれない女性だ
“母性”のないルミ子。模範的な母親になれない女性だ[c]2022映画「母性」製作委員会

「食べ物のない時代に、『お母さんはいいからみんなで食べなさい』と食べ物を差し出したりするイメージがあって、いまでも世の中では、子どものために身を削ったり、なにかを犠牲にすることが“母の愛”だと勘違いされているんじゃないかと感じていて。いまは、たとえ身を削らなくてもお互いに愛情を持って、楽しく過ごせる時代だと思うんです。母の犠牲を美徳としている世の中って、どうなのかな?と。なにかを犠牲にしなければ子どもを幸せにできないなんてことはないし、お互いが幸せになることを望んでもいいのではないかと感じています」と思案しつつ、「でも母親が自分の幸せや願望を口にすると、周りから『母親なのに』『子どもがいるのに』と言われてしまう」と苦笑い。

「私自身、思春期のころに母親から『お母さんはあなたのためにやっている』と言われると、しんどいと思うこともありました。犠牲にしている、我慢しているということを子どもに押し付けて、対価を求めてしまったら、それは子どもへのしわ寄せにもなってしまうはず。個を確立して、それぞれの幸せを見つけるためには、誰かが犠牲になるのではなく『私はこれくらい我慢するので、あなたはこれくらい我慢をしてね』と我慢をわけ合えたらいいのかなと思っています」と提案する。

湊自身、子育てをしながら、次々と代表作を世に送りだす作家として、バリバリと仕事をしてきた。しかし「自分を犠牲にしていると感じたことはない」とキッパリ。

【写真を見る】「うちの子は、私の本は読まないんですよ」と微笑むベストセラー作家の湊かなえ
【写真を見る】「うちの子は、私の本は読まないんですよ」と微笑むベストセラー作家の湊かなえ

「もしも独身の時に小説家になって、そのあとに結婚をして子どもが生まれたとしたら、『前は書きたい時に小説を書けていたのに』『我慢しなきゃ』と感じていたかもしれません。でも私は子どもが3歳くらいのころに小説を書き始めて、『告白』が刊行されたのは、娘が小学校1年生の時。子育てと小説を書くことがセットになっていたんですね。だからなにも犠牲にしていないし、『うちの子はよく寝てくれて、夜に小説を書く時間があって助かる』と思っていました(笑)。最初から子どもがいる前提で、そこから小説家としてのプランを組んでいったので、我慢をしていると思うこともありません」。

子育てと仕事を両立するうえでは、「日中は原稿の確認やメールのチェックをして、子どもが寝てから、夜の22時から朝方の4時くらいまで小説を書いて、4時から7時まで睡眠。子どもを学校に送りだして、また8時から11時くらいまで寝て。トータルでは6時間くらい寝られていました。子どもは、私が書いている姿を見たことがなかったので、夜中に小人さんが書いてくれているとでも思っていたんじゃないでしょうか。でも私は小説家になりたくてなったので、そこで『お母さんはあなたが寝ている間に仕事をしているのよ』というのも、おかしな話ですしね」と不規則かつ多忙な日々。どれだけ睡眠時間を削ったとしても「書くのが楽しかったんです。書きたいことも、書いてみたいこともいっぱいあった。そうやって趣味で始めたら、プロになれて。書いている間はしんどいこともたくさんありますが、しんどいのも自分のせいだし、楽しいのも自分」と、“小説を書きたい”と湧きあがる気持ちが、湊を支えてきた。


劇中には、様々な“母親のかたち”が登場する
劇中には、様々な“母親のかたち”が登場する[c]2022映画「母性」製作委員会

「『こうでなければ』という母としての理想を持つこともなく、『子どもが毎日、健康に楽しく学校に行ってくれたらそれで十分』という想いで子育てをしていましたが、すくすくと育ってくれてうれしい」と成人した娘を思い浮かべながら、目を細めた湊。「娘さんは、母親の小説にどんな感想を抱いているのか?」と聞いてみると、「うちの子は、私の本は読まないんですよ」とのこと。

「小説のなかに、自分っぽい人が出てきたら嫌なんだそうです。でも私は、それでいいと思っていて。“湊かなえの子ども”ということで、なにか言われることもあっただろうし、もしかしたら嫌な気持ちになることもあったかもしれません。いまでは彼女なりに、そこに対していい距離の取り方を作ってくれていて、とてもありがたいなと思っています。『リバース』のドラマが放送されていた時は、友だちから『犯人、誰?』とよく聞かれたらしいです。でもうちの子は『読んでないから知らない』と(笑)。そうは言っても裏では読んでいるのかな?と思っていたんですよ。でもある時、本当に読んでいないことがわかって驚きました。いやあ、本当にすくすく育っていますね」と楽しそうに話す。


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