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坂本龍一「Merry Christmas Mr. Lawrence」…40年を経て色あせない、神秘的な音色

コラム

坂本龍一「Merry Christmas Mr. Lawrence」…40年を経て色あせない、神秘的な音色

極限状態での異文化の衝突、互いに影響し合う人々を描く『戦場のメリークリスマス』

戦場のメリークリスマス』の舞台は1942年。ジャワ島にある日本軍の俘虜収容所に、イギリス軍の少佐、ジャック・セリアズ(デヴィッド・ボウイ)が俘虜としてやって来る。坂本が演じる収容所の所長、ヨノイ大尉はセリアズの反抗的な態度に悩まされながらも、その魅力的な人間性に惹かれていく。ヨノイとセリアズのドラマに、ハラ軍曹(ビートたけし)と俘虜のジョン・ロレンス(トム・コンティ)の交流も絡んで描かれるのは、戦争という緊迫した状況のなかで起こる異文化の衝突だ。俘虜となっても生き延びて戦おうとする西洋人と、俘虜になることを恥と考えて死を選ぶ日本人。生と死の狭間でまったく違った価値観を持つ人々が出会い、お互いに影響を与え合う。ヨノイとセリアズが平和な時期に出会っていたなら、きっと友情が芽生えたに違いない、と思わされるところに、この物語の悲しさがある。


【写真を見る】坂本龍一演じる日本軍大尉とデヴィッド・ボウイ扮する英国陸軍の俘虜との濃厚なつながりが描かれる『戦メリ』
【写真を見る】坂本龍一演じる日本軍大尉とデヴィッド・ボウイ扮する英国陸軍の俘虜との濃厚なつながりが描かれる『戦メリ』[c]大島渚プロダクション

シンセサイザーやサンプリングしたワイングラスの音による独特のサウンド

坂本は役者として撮影に参加しながら、どんな音楽がふさわしいのか曲想を練り続けた。当初、ほかの映画のタイトルに絡めてクリスマスソングによく使われる鐘の音をイメージしていたが、出来上がった映像を見た時はストリングスの音色が頭に浮かんだという。しかし、坂本が楽器として使用したのはシンセサイザーだった。シンセでストリングスの音を作り、鐘の音の替わりにワイングラスの音のサンプリングを使い、ほぼシンセだけであの独特のサウンドを生みだした。当時、筆者が「Merry Christmas Mr. Lawrence」を初めて聴いた時に印象に残ったのは、戦争映画に似つかわしくない壮麗で透明感のあるサウンドだった。映画の冒頭、ジャングルをバックに初めてこの曲が流れるが、『戦場のメリークリスマス』がただの戦争映画ではないことが音楽から伝わってきた。

“『戦メリ』よりいい曲を作らないといけない”というプレッシャーにかつて苦しんだ坂本
“『戦メリ』よりいい曲を作らないといけない”というプレッシャーにかつて苦しんだ坂本写真:SPLASH/アフロ

もし、鐘の音やストリングスといった西洋文化を感じさせる音を曲に使っていたら、映画に“西洋から見た日本”という色合いが生まれていたかもしれない。そこにシンセという国籍を感じさせないモダンな楽器を使ったことで、音楽は西洋でも東洋でもない、中立した立場をとることができた。坂本やボウイが早い段階でロックにシンセを導入したミュージシャンであり、シンセ・サウンドが注目を集めた70~80年代のニューウェイヴ・シーンで、イギリスと日本人ミュージシャンが交流を深めたことを考えると、シンセほどこの映画にふさわしい楽器はなかった。坂本は親交が深かったイギリスのバンド、ジャパンのデヴィッド・シルヴィアンをゲストに迎えて「Merry Christmas Mr. Lawrence」のヴォーカル・ヴァージョン「Forbidden Colours」を作り、『戦場のメリークリスマス』のサントラに収録している。

独創的なシンセ・サウンドに加えて魅力的なのがメロディだ。どこか東洋風でありながら、クラシカルな叙情性も感じさせるフレーズが反復され、サウンドが変化することで曲の表情が変わっていく。ミニマル・ミュージックという現代音楽の手法を、初めて手掛けた映画音楽に持ち込んだところにも坂本の意気込みが感じられる。何度繰り返されても飽きないシンプルなメロディは、坂本がピアノの前に座って30秒ほど目をつむり、目を開けた瞬間に生まれていたという。

メロディを奏でる不思議な音色は、ワイングラスのサンプリングをシンセで加工した音とピアノを融合したものではないかと思われるが、バリの民族楽器、ガムランの音色のようでもあり、どこか南洋のムードが漂う。「Merry Christmas Mr. Lawrence」は、東洋、西洋、南洋など様々な文化の香りを感じさせながら、特定の国や文化にカテゴライズされず、子どもの頃に聞いた童謡のような懐かしさがある。だからこそ、世界中の人々の心を動かすことができたのだろう。

東洋でも西洋でもない、神秘的な音色が心を惹き付ける「Merry Christmas Mr. Lawrence」

『戦場のメリークリスマス』のサントラを手掛けたことで、坂本は映画界で注目を集めた。そして、映画が公開された年にYMOは“散解”。坂本はソロ活動を続けるなかで映画音楽作曲家として注目を集めるようになり、『戦場のメリークリスマス』の次に手掛けた『ラストエンペラー』(87)で第60回アカデミー賞作曲賞を受賞(デヴィッド・バーン、コン・スーとの共同)。『戦場のメリークリスマス』は彼の音楽人生に大きな影響を与えた。しかし、あまりにも「Merry Christmas Mr. Lawrence」が有名になったことに嫌気がさした坂本は、一時期、ライヴで演奏することをやめていた。“『戦メリ』よりいい曲を作らないといけない”というプレッシャーに苦しんだこともあったらしいが、いまではそういうこだわりはなくなったという。

「Merry Christmas Mr. Lawrence」には、聴く者の気持ちをなだめ、自分自身に向き合わせてくれる力がある。それもこの曲が愛されてきた理由の一つだろう。「Ryuichi Sakamoto: Playing the Piano 2022」で坂本が演奏した「Merry Christmas Mr. Lawrence」を聴いた時、戦争のなかでクリスマスを迎えるウクライナのことが頭をよぎった。坂本がどんな思いで演奏したのか知る由もないが、映画が公開された時よりも「戦場」という言葉が生々しい響きを持ついま、坂本が弾く「Merry Christmas Mr. Lawrence」には凛とした美しさがあり、新たな生命力を宿して輝いていた。

文/村尾泰郎

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