「リトビネンコ暗殺」『スポットライト 世紀のスクープ』『弁護人』…衝撃の実話の映像化が傑作だらけのワケ
見ごたえたっぷり!社会の暗部に踏み込んだ力作たち
まず『スポットライト 世紀のスクープ』(16)は、2000年代初頭、全米を震撼させたカトリック教会のスキャンダルを題材にした作品。地方新聞紙ボストン・グローブの記者たちが、聖職者から性的虐待を受けた被害者らへの地道な取材を積み重ね、教会が長年にわたって隠蔽してきた事件の実態に迫っていく姿を描く。事件のおぞましさもさることながら、記者たちの視点で全編が進行していく本作は、ジャーナリズムによる調査報道の意義をも感動的に訴えかけてくる。マイケル・キートン、マーク・ラファロらの実力派キャストによるアンサンブルも秀逸で、米アカデミー賞では作品賞、脚本賞を受賞した。
『オフィシャル・シークレット』(18)は、イギリス諜報機関GCHQ(政府通信本部)の職員キャサリン・ガンによる内部告発を描いたポリスティカル・スリラー。2003年1月、イラク戦争に突き進もうとしていた米ブッシュ政権が、同盟国イギリスにある違法工作を指示するメールを送りつけてくる。その内容に危機感を覚えたキャサリンは、マスコミへのリークを決意するが…。機密漏洩の罪で起訴されながらも、自らの信念を貫いた実在の女性を演じるのはキーラ・ナイトレイ。国家を敵に回して窮地に陥っていく主人公の境遇は、「リトビネンコ暗殺」で祖国ロシアに反旗を翻したリトビネンコ夫妻に通じるものがある。
日本のお隣の韓国では、激動の近現代史にインスパイアされた社会派の良作が絶え間なく作られている。その1本である『弁護人』(13)は、第16代大統領ノ・ムヒョンの弁護士時代の実話を映画化したもの。金儲けに目がない税務弁護士のウソクが、顔なじみの食堂の息子が巻き込まれたある事件に関わるうちに、国家権力の恐ろしい弾圧を目の当たりにしていく。本作の背景になったのは軍事政権下の1981年、釜山で民主化を求める学生らが不当逮捕された釜林事件。主人公ウソクのモデルになったノ・ムヒョンは、冤罪を着せられた学生たちの弁護人を務めたことが人生の転機となり、政治の道を志したという。
『スペシャル・セクション/捏造された法廷』(75)は、第二次世界大戦中のフランスを舞台にした裁判劇。ナチス・ドイツによる占領下、収監中のユダヤ人と共産主義者を標的にして“特別法廷”を設置したヴィシー政権の横暴を映しだす。『Z』(69)、『戒厳令』(73)などで知られる社会派の名匠コスタ=ガヴラスが、占領国への“忖度”によって法律を都合のいいようにねじ曲げた権力の蛮行を映像化。政治家、裁判官、弁護士、受刑者らの人間模様を冷徹かつ鋭く描き、後半の法廷シーンで次々と下される理不尽な判決が戦慄を呼び起こす。カンヌ国際映画祭で監督賞を受賞した本作は、日本では劇場未公開、未ソフト化だけに貴重な鑑賞の機会となる。
ここで紹介した実録社会派のドラマ、映画は、それぞれの作り手が独自の切り口やイマジネーション、技巧を凝らし、ドキュメンタリーでは撮影することができない歴史の暗部に踏み込んでいる。また、いずれの作品も現代を生きる私たちに警鐘を鳴らすメッセージをはらんでおり、決して遠い異国で起こった過去の出来事とは片付けられない。とりわけ強権国家ロシアが一方的に引き起こしたウクライナ戦争の終わりが見えないいま、「リトビネンコ暗殺」があぶり出した事件の真実はなおさら重みを感じさせる。世界80か国以上での配信、放送が決定している“いまこそ観るべき”衝撃作と、ぜひともじっくり向き合ってほしい。
文/高橋諭治