不謹慎、最低、最悪…すべて“ほめ言葉”!? 作家・松久淳がヴァ―ホーベン監督最新作を語る

コラム

不謹慎、最低、最悪…すべて“ほめ言葉”!? 作家・松久淳がヴァ―ホーベン監督最新作を語る

全国11チェーンの劇場で配布されるインシアターマガジン「月刊シネコンウォーカー」創刊時より続く、作家・松久淳の大人気連載「地球は男で回ってる when a man loves a man」。今回は、カンヌ国際映画祭を騒然とさせたポール・ヴァ―ホーベン監督の最新作『ベネデッタ』(2月17日公開)を紹介します。

 【写真を見る】ベネデッタはバルトロメア(左)と秘密の関係を深めていく
【写真を見る】ベネデッタはバルトロメア(左)と秘密の関係を深めていく[C] 2020 SBS PRODUCTIONS - PATHÉ FILMS - FRANCE 2 CINÉMA - FRANCE 3 CINÉMA

不謹慎、最低、最悪…すべて“ほめ言葉”です

パク・チャヌクの『別れる決心』、リューベン・オストルンドの『逆転のトライアングル』と私の大好きな監督の新作がどちらもすばらしく、さてどちらを取り上げようかと悩みましたが、そんなクセのある傑作たちすら一蹴するあの監督がご登場。
というわけで、ポール・ヴァーホーベンです。

氷の微笑』『ショーガール』『スターシップ・トゥルーパーズ』『インビジブル』と、映画の感想にこれほど“下品”という言葉が出てくるのも、ヴァーホーベンくらいではないでしょうか。
不道徳、不謹慎、悪趣味、最低、最悪。ヴァーホーベンの場合、すべてがほめ言葉。
しかも老いてなお盛ん。前作『エル ELLE』もヴァーホーベン節全開で、「レイプされた女性が」から考えうるすべてのストーリーを回避していく変態的展開で、「私はなにを観ているのだ」状態に誘ってくれました。

そして7年ぶりの新作が『ベネデッタ』。
17世紀イタリア。修道女ベネデッタが、父親から性的にも虐待されていた美少女バルトロメアを助け、彼女と親密な関係になっていく。同時にベネデッタに聖痕が現れ、イエス・キリストの声を伝えるようになる。果たしてそれは真実なのかベネデッタの狂言なのか。といった物語なのですが、待ってましたの期待を裏切らない。
幼いベネデッタが、倒れてきたマリア像の乳首を舐める冒頭から、インモラルで淫靡なにおいがぷんぷんと。
美しく成長したベネデッタが、無邪気なバルトロメアにキスされたり体を触られたりすると、蛇に取りつかれる幻想を見るようになるという、まじめなのかふざけてるのかわからない描写からもう、すっかりヴァーホーベンに浸っておりました。

ヴァーホーベンを知っていれば、普通の神と信仰の物語、聖痕や奇蹟の物語、だとは思わないわけですが、エログロ不謹慎シーンの連続だけでなく、実際に画面に登場するイエス・キリストがベネデッタと絡むシーンの数々とか、おそらく激怒した人もいっぱいいたのではないかと思います。
それどころか、絶対にやってはいけない、マリア像を削って“あるもの”に仕立てて絶頂に達してしまうシーンなど、興奮と笑いと背徳感とハラハラ感が同時に襲ってきたりします。
ヴァーホーベンの辞書にモラルなし。コンプラなし。

 ⽕刑台に向かうベネデッタ。彼女の運命は…
⽕刑台に向かうベネデッタ。彼女の運命は…[C] 2020 SBS PRODUCTIONS - PATHÉ FILMS - FRANCE 2 CINÉMA - FRANCE 3 CINÉMA

なんかそんなシーンばっかり語ってますけど、もちろんそれだけではなく、中盤からは元修道院長(前回の『すべてうまくいきますように』に続き、シャーロット・ランプリングがすばらしい)との敵対関係からのいろいろ、終盤はペストの流行(グロ描写満載)とベネデッタの裁判など、ちゃんと(というのも変ですけど)ドラマは怒涛の勢いで展開していきます。


普通は自分の好きな映画や監督がけなされるといい気分はしませんけど、不思議なものでヴァーホーベンだけは、アンチのご意見を「ごもっとも」と素直に受け止められます。「でも私はあなたが嫌いなものを観たいのです」。
というわけでそんな愛好家の皆さん、久々のヴァーホーベンをたっぷり楽しみましょう。

文/松久 淳


■松久淳プロフィール
作家。著作に映画化もされた「天国の本屋」シリーズ、「ラブコメ」シリーズなどがある。エッセイ「走る奴なんて馬鹿だと思ってた」(山と溪谷社)が発売中。

関連作品