空前絶後の”狂騒映画”『バビロン』が示唆する1920年代のリアルなハリウッドとは
急激な時代の変化が弄んだスターの運命
ほとんどのメインキャラにはモデルがいる。ネリーは自分の性的欲求をオープンにすることで国中に旋風を巻き起こした元祖”イットガール(愛らしさとセクシーさを兼ね備えた新人女優の呼び名)”、クララ・ボウにインスパイアされていて、ボウはどんな状況でもすぐに涙を流せるという特技の持ち主として知られている。それを目薬なしで再現するマーゴット・ロビーの熱演には唸る。
ブラッド・ピットが嫌味なくらいかっこいいジャック・コンラッドも、無声映画時代のMGMに君臨した大スター、ジョン・ギルバートを名指ししているかのようだ。なぜなら、無声映画では颯爽と画面を闊歩していたギルバートが、映画がトーキーになった途端、そのミスマッチとも思える柔らかな声が仇となり、急激に需要がなくなっていったという史実が、ジャックが辿る末路に反映されているからだ。サイレントからトーキーへ。急激な時代の変化がいかにスターの運命を弄んだかについては、ビリー・ワイルダー監督のマスターピースで、のちに舞台化もされた『サンセット大通り』(50)のヒロイン、ノーマ・デズモンドによってより詳しく具現化されている。
トーキーに変わったことで撮影現場に生じた混乱についても映画は正しく伝えている。ネリーが初めてトーキーの撮影に臨むシーンで、靴底が音を立てただけでマイクがそれを拾ってしまい、NGが出て、何度も何度もテイクを繰り返すというところだ。おかげで異常なほど加熱した防音ボックスの中に閉じ込められたカメラマンが、気絶してしまう場面もある。
唯一、時代の変化に適応するのがいつもパーティシーンでトランペットを奏でていたシドニー・パルマー(ジョヴァン・アデポ)だ。トーキー映画の音楽の重要性を認識したハリウッドメジャー各社が、数多くのミュージカル映画をシドニーのために用意したのだ。シドニーは映画が音声を獲得するまでは冷遇されていた伝説の黒人ミュージシャン、デューク・エリントンやルイ・アームストロングたちを束ねたキャラクターだとか。そう考えると、『バビロン』は隅々までハリウッドの映画史を学ぶのに最適なテキストと言えそうだ。
文/清藤秀人