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セキュリティ基盤の専門家たちが抱いた映画『Winny』への想いとは?「金子勇という栄光なき天才を知ってほしい」

インタビュー

セキュリティ基盤の専門家たちが抱いた映画『Winny』への想いとは?「金子勇という栄光なき天才を知ってほしい」

「『P2Pは悪いもの』というレッテルが貼られてしまった」(中村教授・慶應義塾大学)

株式会社インターネットイニシアティブ(インターネット接続サービスの商用提供を行っている)で、通信インフラの研究をしている長健二朗は、映画を観て「開発者の想いを伝えるのはとても難しい」と痛感したそうだ。「金子さんはあんなに温厚な人間だったのに、映画の中で『技術で世の中を変えてやる』とちょっと過激なことを言っています。でも、そもそもインターネットはカウンターカルチャーから出てきたもので、新しいものを技術で作ろうとしている人間は、世の中を見て『ここがおかしいから、ここを変えなきゃ』と思っているんです。普通の人はそんなことを思わないから、技術者だけが、いつも世の中に不満を持っている人たちみたいに見られがち。だから、僕ら技術者たちも、熱い想いを上手く伝えられるように、もっとコミュニケーションをとっていく必要があるなと思いました」。

この件について、村井教授も同意し「問題課題を解決したいと思って動くのは、技術者の生き方だから」と熱弁し、「開発をする環境が日本と海外とでは全然違って、海外では上手くいくことも日本ではそうならない。それが浮き彫りになったのが『Winny事件』で、日本で開発をしても技術者が守られるかどうかは別問題。これはあの事件後も変わっていません」と述懐。

慶應義塾大学の中村修教授
慶應義塾大学の中村修教授

中村教授は「いや、僕はむしろ悪くなったとしか思えない」と言う。「『Winny』は僕たちから見るとすごくおもしろくてアグレッシブなテクノロジーです。クラウドが出てくる前で、いろいろな可能性を秘めていたはず。でも、警察が金子くんを捕まえて『P2Pは悪いもの』というレッテルが貼られてしまった。慶応大学でもP2Pは使っちゃダメとなったけど、『それは違う!』と僕は思いました。それ以降、P2P関連の研究は止まってしまい、可能性を全部潰してしまったんです」。

ネットの未来を懸けて戦った弁護団たち
ネットの未来を懸けて戦った弁護団たち[c]2023映画「Winny」製作委員会

すると、村井教授が「でもインターネットは、誰がどう見ても幇助に当たると思います。電気通信事業を個人がやっているようなものだから」と切りだす。「実は、以前にインターネットは違法だという意識がすごくあって、一度行政機関に聞きにいったことがあるんです。すでに大学で使い始めていたころだったから、そう説明したら『みんなが使っているからいいんじゃないですか』と言ってもらえました。それで僕は、『じゃあ、一筆書いてくれませんか?』とお願いしたら、『それは書けません』と(苦笑)。つまり行政は、自分たちが責任を取れないとなると怯むし、絶対にやってくれない」とぼやく。

7年という長きに渡る裁判のすえ、金子は無罪を勝ち取った
7年という長きに渡る裁判のすえ、金子は無罪を勝ち取った[c]2023映画「Winny」製作委員会

そして「リスクがあるけど、それでもやらなきゃと思う人は、テクノロジーやエンジニア領域の技術者に多いです。それでおもしろいからと作ってみたあとで、悪用するやつが出てきた時に、『あれ?』となってしまう」と言う村井教授に、壇弁護士も「日本では、そういうイノベーターがスケープゴートになっちゃいます。そういう場合、たまたま捕まらないで、いい方向で使われたらイノベーションになって、上手く使われなかったら犯罪者になる。そういう法制度には、本当に忸怩たる想いがあります」と語る。

村井教授は「例えば、3Dプリンターもそうで、それを使って作ったもので人を傷つけたとしたら、誰が悪いのかと。3Dプリンターで本物のピストルなどができちゃうから」と言うと、壇弁護士も「そういうものについては、ちゃんと良い方向にイノベーションを進めていけるように、僕たちも頑張らなければと思っています」と襟を正す。

金子と弁護団たちの“チーム"のような関係性も本作の魅力
金子と弁護団たちの“チーム"のような関係性も本作の魅力[c]2023映画「Winny」製作委員会

そして村井教授は、新しい技術について「“北風と太陽”みたいな話です」と例える。「北風だと誰にも使ってもらえないけど、太陽のようなものだと、みんなが羨ましがって使うようになる。つまり、これはすばらしい技術だと、先にポジティブサイドの広まり方をすることが大事です。たくさんの人に使ってもらえれば、悪用を止める知恵をみんなで出せますから」と語った。

「金子さんが勝者かと言えばそうではない。そして、金子さんを失った僕も敗者です」(壇弁護士)

金子を知る人々が語る、“金子勇”とはどんな人だったのだろうか
金子を知る人々が語る、“金子勇”とはどんな人だったのだろうか[c]2023映画「Winny」製作委員会


では、改めて、映画『Winny』が作られて良かったかどうかを尋ねると、多くの識者が「もちろん良かったと思います」と口をそろえる。どんな人に観てほしいかと質問すると、村井教授は、「ものを作るエンジニアが本作を観ると、共感して泣いちゃうと思います。だからこそ、そうじゃない人に観てもらいたい。法で取り締まろうとしている人や、エンジニアの家族に観てもらい、エンジニアのことを少しでも理解してもらいたい」と言うと、江崎教授も「警察の人に観てほしい。非常に重要なメッセージが入っているので」とコメント。

最後に「Winny事件」を勝訴に導いた壇弁護士が、こう締めくくる。「日本という国では、一度逮捕されたら二度と名誉回復できないんです。平穏な日々は失われて犯罪者扱いされる。実際に金子さんは、最終的に無罪になりましたが、いまだに『あいつは悪いやつだった』と言うやつもいます。この事件において警察は敗者です。かといって、失ったものを取り返せずに亡くなった金子さんが勝者かと言えばそうではない。そして、金子さんを失った僕も敗者です。誰も勝者のいないこの事件ですが、せめて、この映画を、いまの若い人たちに観てほしい。日本に金子勇という栄光なき天才がいたことを知っていただきたい。そして、彼の生き方を自分の勇気にしてもらいたいと思います」。

取材・文/山崎伸子

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1988年に発足。「地球上のコンピュータやあらゆる機器を接続し、人や社会の役に立つ分散システムを構築する。そのために必要な課題と問題点を追求する」を基本理念に、企業や大学など100を超える団体が参加している。ネットワーク技術など幅広い分野において「研究」と「運用」の両面で取り組んでいる。

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