押井守監督、『スカイ・クロラ』で挑んだ2つのテーマ「作品と表現で両方にテーマがないと、監督は映画を支えられない」
第1回新潟国際アニメーション映画祭にて、3月20日に『スカイ・クロラ The Sky Crawlers』(08)のトークイベントが新潟市中央区の新潟市民プラザで行われ、本作の監督で本映画祭の審査委員長を務めた押井守、本映画祭のフェスティバル・ディレクターの井上伸一郎、司会としてアニメ・特撮研究家の氷川竜介が登壇。本作の制作秘話から、映画祭を開催しての想いなどを語った。
本作は森博嗣の同名小説を原作に、ショーとしてテレビを通して戦争を「観戦」する世界で、“キルドレ”と呼ばれる思春期の姿のまま生き続ける子どもたちが兵士として生きる姿を描く。菊地凛子、加瀬亮ら実力派俳優が声優を担当し、プロダクションI.Gがアニメーション制作を行っている。
本映画祭の上映作品に本作を選んだ理由について、押井監督は「僕が選んだわけじゃないんですけど」としつつも、「これが一番気に入っている作品なんですけど、大体普段選ばれるのが『攻殻機動隊』や『パトレイバー』なので、意外にも『スカイ・クロラ』だったことは非常にうれしかった」と、喜びをあらわにした。
本作を気に入っている理由について氷川に聞かれると、「僕がやった仕事のなかでは異色というか、ちょっと感じが違うんですよね」と押井監督は語る。井上は本作が「押井さんのほかの作品と比べると極端にセリフが少ない」と感じたそうで、演出意図について押井監督に問うと、「この作品に2つテーマがあって、キルドレと呼ばれている主人公の生きている現実というドラマの部分、これが作品のテーマなんですけど、表現のテーマは別にある。両方ないと監督は映画を支えられない」と説明する。
押井監督は、「アニメーションは言ってみれば“絵”なんだけど、それを1コマずつ全部撮影するわけで、普通に作っていたら“時間”が永遠に映らない。登場人物たちの生きている時間を表現しないと、彼らを描いたことにはならないし、ドラマで語っただけでは表現しきれないと思い、これをどうやってアニメーションで表現するかが最大のテーマだった」と、本作制作にあたってのテーマについて語り、「登場人物たちがセリフをしゃべっている間は、時間が流れないんですよ。もっと言えば、ドラマが展開している間は映画のなかで時間は流れない。だからこそセリフを減らしていった」と、本作の演出意図を解説した。
そんな本作の脚本を押井監督が手掛けなかった理由は、「実写に関わっている人のほうが向いていると思った」とのこと。「(実写作品の脚本は)セリフのテンポ感や書き方が根本的に違うことと、(アニメ作品に)不慣れな人にお願いをしたかった。セリフに齟齬感があったほうが良いと思った」と話し、親交のあった行定勲監督の作品で脚本を手掛けていた伊藤ちひろを起用した裏側を明かした。
ほかにも本作で表現の挑戦をしていると説明する押井監督。「空中戦も大変なんだけど、実は椅子に座るだけのシーンでも、ドサッとかでごまかしをしていないんですよ。そういう細部がとても重要な作品なので、見立て以上にすさまじい手間がかかっています。実は『イノセンス』より手間がかかっているところもある」と語り、スタッフの負担も大きかったという。
こういった微妙な動きの表現は、3Dのキャラクターアニメーションでは基本的に難しいと押井監督は語る。「モーションキャプチャーではこういう“時間”を表現できない、逆にモーションアクターの静的な“時間”が映っちゃう。アニメーションの良さは、キャラクターの向こうに中身が存在しないことなんですよ。モーションキャプチャーは、動きのリアリティは出るけれど、演技が出るかは別になる。それだったら、手描きのアニメーターの方が細かな芝居を表現できる」。
この細かな表現ができるアニメーターは、日本中でも10人程度しかいないと押井監督は話す。「この10人は、日本のアニメーションを実質支えていると行っても過言でないです。ただ、全部のシーンで同じようには作れないので、重要なシーンをこの10人のなかからお願いするなど、それをコントロールするのも監督の仕事」と、アニメーション監督としての良い作品を作り上げることの難しさを説明した。
細かな芝居で作り上げることを本作ではかなりうまくいったと話す押井監督は、「ワルシャワの夜のシーンとかは改心の出来。自分では一番気に入っている」と、お気に入りのシーンを挙げ、公開当時56歳にしてやっと監督としての成熟をつかむことができた作品であることを明かした。
最後に本映画祭を開催するにあたり、“交流”がテーマにあったと話す井上は、「新潟という同じ空間で、アニメーターや監督や関係者など、普段会えない人が街中でアニメを一緒に楽しむ空間を作りたいことが最初の想いだった。これは結構できたなと実感している」と手応えを話し、「将来的には海外からもこの時期に新潟へ来てくれるようになると、さらに目標が達成できる」と、次回への展望を話した。
押井監督は本映画祭に対して、「実を言うと、結構上手く行っているのにびっくりしている」と驚きの様子。「この短期間でよくここまでっていうのと、(コンペティションの作品に)良い作品が集まっているので、うれしい誤算だった。良い作品があると、やっぱり審査する側としてもうれしい。ただ予め言っておきますけど、映画っていうのは一等賞をつけるものではない。選ばれる人にとっては重大な問題なんだろうけど、自分が頑張って作った作品っていうのは、世界のどこに出しても恥ずかしくないという想いで作っていると思うんですよ。だから、一等賞二等賞っていうのは、これを付けないと盛り上がらないから付けただけだって思っていただければ良いと思います」と締めくくった。
第1回新潟国際アニメーション映画祭は、3月22日(水)まで新潟市民プラザを中心に、クロスパル新潟、T・ジョイ新潟万代、シネウインドの4拠点を会場として開催。最終日には、コンペティション部門授賞式がりゅーとぴあ(新潟市民芸術文化会館)にて行われる。
取材・文/編集部
日程:3月17日~22日(水)
場所:新潟市民プラザ、クロスパル新潟、T・ジョイ新潟万代、シネウインドほか
URL:https://niigata-iaff.net/