自分の人生にしっくりこなかった“ミスター・ゾンビ”が、輝きを取り戻す。イラストで『生きる LIVING』を解説!
ウィリアムズが憧れてきた“ジェントルマン”の生き方とは?
毎日決まった時刻に同じ列車の同じ車両に乗り、判で押したような生活を送っているウィリアムズ。演じているのはイギリスの名優ビル・ナイ。いぶし銀の魅力も放ちながら、ユーモアあふれる人柄で知られる彼が、本作ではピンストライプの背広に山高帽を目深にかぶり、片手にステッキ姿の典型的な英国紳士にピタリとハマった。そもそも本作は黒澤ファンのカズオ・イシグロが、『生きる』の英国版を作りたいというところからスタートし、構想段階から主人公にナイを当て書きしたという。オリジナルの主人公は志村喬が演じているが、イシグロのイメージは笠智衆(小津安二郎作品や「男はつらいよ」シリーズなど)だったらしい。
ナイは感情をあまり表に出さず、抑制を効かせてウィリアムズを演じる。実に絶妙だ。予期せぬ余命宣告をされたことで、皮肉にも無味乾燥だった彼の人生に輝きが戻り始める。特に、マーガレットとの再会から彼の表情が次第に柔和になっていく。ハツラツとして人生に夢を持ち、いまを謳歌しているマーガレット。そんな彼女とお茶を飲んだり、映画を共に楽しんだりするなかで、ウィリアムズは“生きる”意味と対峙するのだ。
ようやく余命を打ち明けた彼が、少年時代に憧れた駅のホームにいた紳士たち=公務員の姿を思い出し、自分が「幼いころ、大人になったら紳士になりたかったんだ」とつぶやく。別に名声やお金が欲しかったわけではない。人として自分が目指すべき姿になっていなかったことに気づいたウィリアムズは、残された時間で自分がなすべきことに気付く。この一連のシーンは胸に迫る。
そして役所に戻ったウィリアムズの覚醒。部下から隠れたあだ名の“ミスター・ゾンビ”と呼ばれていた彼はその目に情熱を取り戻し、奔走する。こうと決めたら絶対にブレずに成し遂げるのがジェントルマン。言葉は少なくとも、ウィリアムズの本物の紳士たる心意気を体現するナイ。使い古した山高帽をソフト帽に被り変えた際の自信に満ちた顔がたまらなくチャーミングで、イケオジ好きなら終盤へと至る彼の変貌に胸がときめいてしまう。