ピーター・バラカンが語る、坂本龍一の”特別さ”と『戦メリ』の記憶。109シネマズプレミアム新宿で「SAION −SR EDITION−」を聴く
「メロディを聴けば“ああ、教授だな”とすぐ分かりますよね。それはアーティストとして大事なこと」
――さて、バラカンさんと言えば『戦場のメリークリスマス』のロケに帯同されたことでも知られています。ラロトンガ、オークランドそれぞれのロケ地での想い出をご紹介ください。聞くところによると、デイヴィッド・ボウイはラロトンガではとてもフレンドリーに人と接していたらしいですね。
「当時のラロトンガにはホテルが一つしかなかったから、みんな同じところに泊まっていました。そこではデイヴィッド・ボウイも全然気取っていなかったんですよ。でも、その後に移ったオークランドは都市だから泊まるところもバラバラで。デイヴィッド・ボウイと会うことはほとんどありませんでした」
――では、ラロトンガでのボウイとの想い出は?
「この撮影の直前、僕は夏休みをバリ島で過ごしていて、そこで買ってきた三角形(傘)の麦わら帽子を被ったり、バリで流行っていたダボダボのパンツを穿いたりしていたんです。あるとき、それを見たデイヴィッド・ボウイが“このロケ地でいちばんスタイリッシュなのは君じゃない?”って(笑)。極めてカジュアルで、ヒッピーっぽかったけどね」
――坂本さんは、ロケ地での撮影を終えてから、東京のスタジオでサウンドトラックの制作に臨みました。同じ風景をご覧になったバラカンさんに、その音楽はどう響きましたか。
「やはりなじみがあるからか、いまでも好きなアルバムです。有名なテーマ曲だけじゃなく、その他の短い曲もすごく深い印象を残しています。個人的には、米国アカデミー賞の作曲賞を受賞した『ラストエンペラー』よりも『戦メリ』のほうが好きかな。ロケに同行したこともあるかもしれませんが、本当に傑作だと思います」
――『戦メリ』以降、多くのサントラを手掛けていった坂本さんの映画音楽で発揮されるクリエティヴィティやオリジナリティに関して思うことはなんでしょうか。また、バラカンさんから見た坂本さんの音楽の魅力とは?
「彼ほどのミュージシャンですから、オリジナリティは当然すごいものがあるわけで…例えば、メロディを聴けば“ああ、教授(坂本さんの愛称)だな”とすぐ分かりますよね。それはアーティストとして大事なことです。そして、YMOのレコーディングに携わった時、教授がProphet-5というアナログ・シンセサイザーのツマミをいじりながら音を作っていく姿をスタジオで見ていましたが、そこで出てくるのはまさしく坂本龍一の音でした。あの独特の音は本当に素晴らしかった。そんなところにも、彼のオリジナリティは表れています。もちろん、ピアノでも彼のタッチや音色もありますが、まだデジタルシンセが出る前の時代のシンセサイザー・サウンドにおける彼の存在は極めて大きかったと思います」
――ありがとうございます。ところで、こちらの劇場で鑑賞してみたい映画はなんですか。
「ここでだったら、なんでも観たいですよ(笑)。まあ、『アメリカン・ユートピア』のような現代のいい音楽映画はもちろんですが、リマスターされた昔の映画もいいですよね。例えばポール・ニューマンの『明日に向って撃て!』とか、あの時代にもいいものがたくさんありますよね。また、モノクロの映画も観たい気がするな。1940年代のハンフリー・ボガートの探偵ものとかもいいですね。それをいい音で聴けたらうれしいなあ」
――ここでは坂本さんのリクエストもあってフィルム作品も上映できるそうですよ。
「35mmも観られるんですか。じゃあ、『カサブランカ』なんかも観たいなあ(笑)。映画はやっぱり映画館で観るのが一番。僕の音楽映画祭『Peter Barakan’s Music Film Festival』も開催しますので、こちらもぜひ観に来てください」
なお、現在「109シネマズプレミアム新宿」では坂本龍一が音楽を手掛けた『怪物』が公開中だ。本作は『万引き家族』(19)の是枝裕和が監督を、『花束みたいな恋をした』(21)などの坂元裕二が脚本を務めており、第76回カンヌ国際映画祭では脚本賞とクィア・パルム賞を受賞。坂本龍一にとって映画音楽としては“遺作”となる作品でもあり、是枝監督は「この作品にとって坂本さんの音楽が必要だったというのは、できあがった作品を観ると誰よりも自分が感じています」とコメント。
出色のヒューマンドラマを彩る音楽には、世界からも注目が集まっている。研ぎ澄まされた坂本龍一の仕事を、坂本龍一自身が全シアターの音響を監修した「109シネマズプレミアム新宿」で観るという、代えがたい体験をぜひしてほしい。
※本記事の取材は、2022年に行われたものです。当記事の制作中、坂本龍一さんの訃報が届きました。心よりご冥福をお祈りします。
取材・文/山本昇