五月女ケイ子の描きおろしイラストが誘う、不思議に愛おしい『TAR/ター』の“ヤバみ”
第95回アカデミー賞で作品賞をはじめ6部門にノミネートなど多くの映画賞で話題となった『TAR/ター』(5月12日公開)が、いよいよ日本に上陸。ケイト・ブランシェット扮する主人公のリディア・ターは、世界的な指揮者だが、完璧な人生に生じた小さなほころびが彼女を狂気の淵へと追いやり、破滅をもたらしていく。名優ケイト・ブランシェットのキャリア最高とも評された演技は、第80回ゴールデン・グローブ賞や第79回ヴェネチア国際映画祭などで女優賞を受賞し、お墨付きを得た。世界的なマエストロ、ジョン・マウチェリの監修により、クラシック音楽の世界をリアルに再現している、演奏シーンも圧巻の必見作だ。
クラシック音楽と指揮者を題材にした作品というと、敷居が高そうなイメージがあるかもしれないが、心配は無用。追いつめられていく者の心理にフォーカスしたドラマは高濃度のサイコサスペンスと呼ぶべきで、いや、むしろホラーと呼んでもいいほどで、目が離せない。そんな、すごくて、怖くて、見どころたっぷりな『TAR/ター』の魅力をイラストレーター、五月女ケイ子の描きおろしイラストと共に迫ってみよう。
完璧なカリスマから転落…音楽界を牽引するターだが…!
指揮者、作曲家として世界的な成功を収め、若手女性指揮者を養成する財団の運営や、名門ジュリアード音楽院での後進育成にも携わっているクラシック音楽の寵児リディア・ター。すべてを手に入れ、自身のキャリアの最高潮にある彼女だが、小さなきっかけが皮切りとなり、くすぶっていた問題が彼女の人生に大きな影を落とし始める。
とにかく、リディア・ターのカリスマ性は圧倒的。背筋がピン!と伸びており、自信に満ちあふれ、物事をはっきりと語る。作曲家としてはエミー賞、グラミー賞、アカデミー賞(オスカー)、トニー賞を受賞する(通称EGOT)という快挙を成し遂げた。ちなみに現実世界に、この“EGOT”を全制覇した音楽関係者は17人しかいない。オードリー・ヘプバーンやアラン・メンケンなど、そうそうたるメンバーだ。ベルリンフィルの首席指揮者として、奏者にドイツ語で指示をおくる姿も凛々しく、とにかくかっこいい。五月女も、その姿に称賛の声を惜しまない。「とにかく天才指揮者・ターがものすごいです。ケイト・ブランシェットの様々なアプローチと圧巻の演技力も、ターの完全無欠さを倍増させていて、ジェンダーを超えたターのカッコよさを堪能できます」。
一方で完璧主義の自信家ゆえか、性格はかなり難アリ。オーケストラを前にして「完璧な演奏をしたければ、私に従いなさい」と言い切るのは立場的にわからないでもないが、傲慢にも映る。ジュリアードで教壇に立った際には映画音楽の大家ジェリー・ゴールドスミスをやんわりディスりつつ、バッハを好きではないというゲイの男子生徒をとことん言い負かしたりするのだから、正直なところやり過ぎ感も!?さらに娘をいじめた子どもを大人げなくドイツ語で脅したり、また自宅では、大先輩が印刷されたレコードを床に撒き、足で仕分けするなどの雑な振る舞いも目に付く。そんなターも、これまで見えていなかった敵の存在により、窮地に陥り、同時に権力からも見放されていく。
さらには、精神的に追い詰められすぎ一線を越えたか、アパートメントの売り出し中の部屋を見学に来た家族に対して、アコーディオンと即興自作曲で度肝を抜く嫌がらせを発動。また、研ぎ澄まされ過ぎた絶対音感が災いし、幻聴を耳にすることもしばしで、呼鈴や悲鳴、メトロノームなど、ターにしか聴こえない音にも苛まれる。「徐々にターの弱点が顔を出し、天才ター像がガラガラと崩れていくのですが、私はむしろその人間っぽいターの方が、不思議に愛おしく感じて、ラストにはエールを送りたくなりました」と五月女。完璧のように見えたターも、欠点のある普通の人間。そこにキャラクターとしての魅力がある。
イラストレーター。山口県生まれ横浜育ち。大学では映画学を専攻し映画研究部に在籍し、卒業後に独学でイラストレーターになる。「徹子の部屋」(テレビ朝日)のほかの部屋はどうなっているのか、を図解したイラストをきっかけに、唯一無二の現在のスタイルを獲得。その後「淑女のエチケット」(扶桑社)、「親バカ本」(マガジンハウス)などの著書を手掛けたほか、舞台やテレビ番組への出演などマルチに活躍中。
公式サイト:http://www.keikosootome.com/