映像表現の歴史的転換点!『スパイダーマン:アクロス・ザ・スパイダーバース』日本最速レビュー
アニメーションの歴史的転換点を覗き見た気分だ。アカデミー賞、ゴールデン・グローブ賞、アニー賞など、数々の賞レースを席巻した『スパイダーマン:スパイダーバース』(18)。その続編となる『スパイダーマン:アクロス・ザ・スパイダーバース』がついに6月16日(金)より公開される。アメリカン・コミックスをそのままアニメーションにしたような革新的な映像表現が高く評価された前作をさらに上回るアニメーション表現に、片時も画面から目を離すことができなかった。
“革新的”なアニメーションだった『スパイダーマン:スパイダーバース』
当初公開予定だった2022年10月から半年以上待ち、ついに公開となる本作。昨年4月に米ラスベガスで実施された映画館興行主向けのコンベンション、シネマコンのソニー・ピクチャーズのパネルでは、本作の脚本・プロデュースを手掛けるフィル・ロードが「前作よりもさらに規模が大きくなる」と話し、クリス・ミラーが「新しい挑戦をしたくて、映画史上最大のアニメーターやスタッフを召集して作ることにした」と語っていた。ゆえに公開延期もやむなしな規模のアニメーション作品になることは間違いないと期待は膨らむばかりだった。だが本作は、そんな期待をやすやすと超えてしまったのだ。
前作を“革新的”と表すのなら、本作はアニメーションの概念を覆す“革命的”な作品となっている。前作は、主人公マイルス・モラレスの住むユニバースに別のスパイダーマン(スパイダーウーマン)たちが集結する作品だ。アメリカン・コミックス特有の各作品にちなんだ描き方を、いろいろな手法で3次元空間に落とし込む試みをしており、各スパイダーマンたちの住む世界観に合わせたタッチの違うアニメーション表現を楽しむことができた。
例えば、モノクロの世界に住むスパイダーマン・ノワールは、アメリカの犯罪映画フィルム・ノワールをリスペクトしたタッチで描かれ、未来からやってきた日系女子高生ペニーパーカーは、日本のアニメスタイルをリスペクトしたタッチで描かれていた。一つの画面のなかで、別々のタッチのキャラクターたちが動いているアニメーション表現に驚きを隠せなかったことを、いまでも鮮明に覚えている。
各ユニバースの多様なアニメーション表現が楽しめる!
本作でもそれは健在だ。共に戦ったグウェンと再会したマイルスは、様々なバースから選び抜かれたスパイダーマンたちが集うマルチバースの中心へたどり着く。そのため、前作以上に“スパイダーマンたち”が登場する。もはや“数の暴力”と言っても過言ではないほどの人数が。その人数分をそれぞれのタッチで表現しているのだから、史上最大規模のアニメーターやスタッフを集結させたことにも納得がいく。
しかし、驚くべきはキャラクター数の多さだけではない。本作には、各スパイダーマンのユニバースがそれぞれのアニメーション表現で映しだされるのだ。前作から登場しているグウェン・ステイシー(スパイダー・グウェン)の住むアース65は、バンドをしている彼女のアーティスト気質なイメージにぴったりなアート色の強い世界観。3Dなのにどこか厚塗りのようなタッチが印象的だ。「ゴースト・スパイダー」コミックのルックにインスピレーションを受けているという。グウェンの感情の変化に伴い、背景を含めた周囲の色が変化するため、次にどんな画面が映し出されるのかワクワクするような視覚的な楽しさを感じられる。
ほかにも、スパイダーマン・インディア、ミゲル・オハラなど、本作から登場するスパイダーマンたちのユニバースがあり、前作で描かれたマイルスのユニバースの表現もパワーアップしている。そんななかで、筆者が特に驚かされた世界観が、スパイダー・パンクの住むユニバースだ。
劇中ほんのわずかしか映らないが、1970年代から1980年代のロンドンと現代のニューヨークを混ぜ合わせたような世界観の強いインパクトは、一目見ただけで頭にこびりついて離れない。ロンドン初期のパンクシーンをベースに、その時代へのオマージュを捧げるビジュアル背景を作り上げているという。デザイナーたちは70年代のイギリスのアートワーク、コミック、雑誌をリサーチしたそうで、背景には様々な紙の切れ端を重ね合わせたコラージュのような画面表現になっているのがおもしろい。彼が「クールで自由なスパイダーマン」と称されるに相応しく、時代背景やコミックスへのリスペクトを感じる最高な世界観を構築した。
多様なアニメーション表現は企業ロゴから始まっている
このように、アニメーション表現には天井がないのだろうかと思わされるほど、『アクロス・ザ・スパイダーバース』は新しい表現をこれでもかと見せてくれたのだ。
また、これらの異なるアニメーション表現は、観客が「いまどのユニバースにいるのか」という道しるべにもなってくれる。世界観によって、各キャラクターを照らす光の色にも違いがあるため、誰がどのユニバースにいるのかのヒントにもなるだろう。本作を観終わったあとには、どのスパイダーマンのユニバースが好きか語り合うのも楽しそうだ。そして、多様な表現は本編前、本作の製作に携わった各企業ロゴのアニメーションから始まっており、最初から最後まで片時も目を離すことができない。何度観ても新しい発見があるだろう。いい意味で製作者たちの思うツボだ。
愛する人と世界を同時には救えないという、かつてのスパイダーマンたちが受け入れてきた“哀しき定め”を知り、それでも両方を守り抜くと誓うマイルスだが、その大きな決断がマルチバース全体を揺るがす最大の危機を引き起こすことになる本作。パート1でこれなのだから、パート2『スパイダーマン:ビヨンド・ザ・スパイダーバース』(2024年公開)の期待値も高くならざるを得ない。さらなる表現に刮目するためにも、まずは『スパイダーマン:アクロス・ザ・スパイダーバース』でアニメーションの“革命”を感じてほしい。
文/阿部 裕華