作家・凪良ゆうが『怪物』に見出した、“子どもたちの選択"への解釈。「私たちはあの子たちに追いつかないと」

インタビュー

作家・凪良ゆうが『怪物』に見出した、“子どもたちの選択"への解釈。「私たちはあの子たちに追いつかないと」

「事実と真実が違うことは世の中にありふれている」

もう一つの共通点が、ある事件に対して渦中の人物の真実が知られることなくバッシングが起こってしまうという状況。凪良は「流浪の月」で、加害者と被害者が再会し、特別な絆を結んでいく様を書き、本作ではその渦中に立たされる保利先生(永山瑛太)を思う。

【写真を見る】まるで死んだ魚の目…永山瑛太演じる教師が、衝撃的な一言を母親に告げる
【写真を見る】まるで死んだ魚の目…永山瑛太演じる教師が、衝撃的な一言を母親に告げる[c]2023「怪物」製作委員会

「最初は、とても許せない先生だと思わされます。ですが、視点が変わると彼の表情も違って見えてきました。無気力で、死んだ魚のような目にも、その表情になってしまうだけの理由がある。(永山本人は)あえて演じ分けていないというお話を伺って、世界はこんなにも個人のフィルターがかけられてしまっているんだと、自分自身の世界の見方に心が痛みました。かといって、彼が完璧な善人であり、すべての行動が認められるということでもない。作中で描かれたような何気ないひと言が、誰かを傷つけてしまう経験は誰しもあり、場合によっては大きなバッシングにつながっていきます。『自分はなにが悪かったのか』を丁寧に振り返っても拾いきれないけれど、加害してしまう可能性があることを認識しておくことは大切。事実と真実が違うことは世の中にありふれていることなのだとも改めて思いました」。

世の中は善人と悪人に二分されない、誰しもが加害者になりうる可能性があり、そうした「無自覚の悪意」というテーマは凪良の作品群からも受け取れる。「私は、登場人物の誰かに肩入れをしない、それぞれの立場でフェアに書くということを、とても意識しています。『汝、星のごとく』には、誰から見ても正しい人も悪人も出てきません。世間一般のものさしではなくて、自分の正しさを守って生きているんですよね。

土砂降りのなかで佇む、依里の父親・清高(中村獅童)
土砂降りのなかで佇む、依里の父親・清高(中村獅童)[c]2023「怪物」製作委員会

たとえ、社会の正しさのレールから外れていても、自分をまっとうする。これだけ価値観が多様な時代に、なにか一つの基準に押し込めることは難しいので、結局自分なりの真意を持って、各々の意見を受け止めて、すり合わせて生きていくしかないと個人的にも思うからです。ですが、時として意図せずとも人を傷つけてしまうことがある。そうなった時に覚悟を持って挑むのか、引き下がるのか、どちらも正解で間違いかもしれない。結局、選ぶのは自分ですよね。この映画のなかでも、“それぞれの人生でしか生きられない”ということを痛烈に描いていたと思います」。

「私たちはあの子たちに追いつかないと駄目ですね」

そうした意味で、子どもたちの選択を描いた「光に向かって走り出すシーン」は様々な解釈を生むのではないかと凪良は話す。「あまりにも美しい映像で、これまで歩いてきた世界と彼らの世界がもう“別物”になったんだなと思ったんです。その時『流浪の月』で、変わらない世界を見捨てて自由に生きる2人を書いたことを強烈に思い出しました。絶望感というか、私たちはあの子たちに置いてけぼりにされちゃったんだな、と思って」と持論を述べる。

2人だけの秘密基地を通じて、湊と依里は親交を深めていく
2人だけの秘密基地を通じて、湊と依里は親交を深めていく[c]2023「怪物」製作委員会

この解釈については、インタビューに同席していた編集部員を交えて様々な議論に及んだ。そこから生まれたのは、「どんな状況でも、自分が思うままに生きていくことへの祝福」という視点だ。これだけ生きづらい世の中でも、世界は変われるのか。そのために大切な“自分の正しさを守っていく”ことは、子どもにも必要なはずだ。凪良は、「私たちはあの子たちに追いつかないと駄目ですね」と、柔らかな表情を浮かべていた。

是枝監督は「世界は、生まれ変われるか」という一行を、脚本の1ページ目に書き加えた
是枝監督は「世界は、生まれ変われるか」という一行を、脚本の1ページ目に書き加えた[c]2023「怪物」製作委員会


それぞれの人生でしか生きられないけれど、人は人と関わることを避けられない。凪良の作品群に共通する「人と人はそもそもわかり合えない、だけどわかり合える奇跡のような瞬間がある」というテーマと本作の根底に流れるメッセージが重なる。「わかり合えたとしても、次の瞬間にすれ違いが訪れる。儚いけれど、関係をつむぐことを目指していくと、映画にもあったような希望が訪れる。一方で、コミュニケーションが取れていない親子の間には“怪物”がいましたよね。やっぱり感覚のアップデートというのはとても大切で、意見をふさぎこむディスコミュニケーションは怪物を生む背景になりうるのかもしれないと考えさせられました」。

取材・文/羽佐田瑶子

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