是枝裕和監督、『怪物』の反響を明かす「『自分で脚本を書かないほうがいいんじゃないか』と温かいメッセージをもらった」
是枝裕和監督と脚本家の坂元裕二が初タッグを組み、音楽を坂本龍一が担当した映画『怪物』の大ヒット御礼舞台挨拶が6月19日にTOHOシネマズ日比谷で開催され、安藤サクラ、永山瑛太、是枝監督が登壇した。
第76回カンヌ国際映画祭で坂元が脚本賞受賞の栄誉に輝き、独立部門「クィア・パルム賞」と合わせて2冠を獲得した本作。よくある子ども同士のケンカを巡って、息子を愛するシングルマザー、生徒思いの学校教師、無邪気な子どもたちの食い違う主張が次第に社会やメディアを巻き込んで、大ごとへと発展していくさまを描く。
リピーターも多く駆けつけていたこの日。なかには「5回観た」という観客もいたが、3人のもとにも周囲からあらゆる反響が届いているという。安藤と永山は「お客さまのほうが(映画について)詳しいかも」と声をそろえつつ、永山は「皆さんそれぞれ、感じ方や受け取り方が違う。一番多いのは『言葉にならない。会って話がしたい』という連絡が来たりする」とコメント。
感想を語るうえで「あまりSNS向きじゃない。もっと長い文章でちゃんと伝えたい」という意見を耳にすることが多いという是枝監督は、「僕の周りには若い監督たちが仲間として同じ空間にいるんですが、彼らに言われているのは、『いつもより演出に迷いがない』『編集のキレがいい』『もう自分で脚本を書かないほうがいいんじゃないか』という熱い、温かいメッセージをいただきました」と厳しい意見について、楽しそうに語る。すると安藤が「それを聞くと、どんな気持ちになるんですか?」と興味津々に質問。是枝監督は「悔しい気持ちがなくはないんですが、坂元さんと一緒にやったことを吸収して、次は自分で無駄のない脚本を書こうという気持ちになっています。今回は自分で観ていても『いい編集しているな』と思っていたので、うれしいと言えばうれしい」と目尻を下げるなど、大いに刺激を受けた様子だ。
印象深いシーンについて話が及ぶと、安藤は「病院の帰り道に、湊が走り出すシーンはすごく印象に残っています」と自身が演じる母親と、その息子の湊(黒川想矢)とのシーンを回想。「何回か繰り返しやっている時に、想矢くんがパン!と弾けたというか。その瞬間を近くで目の当たりにして、(自分も)その反応に乗っていく感じが、すごくワクワクしました」と黒川が違うステージへと踏み出す瞬間を実感したそうで、これには是枝監督も「とてもいいシーンだったね」とにっこり。「リハーサルでは、“湊がしゃがみ込んで、顔を覗き込む”というお芝居にしていた。リハーサルをやっているうちになんとなく違うなと思って。『別にしゃがみ込まなくてもいいよ』という話を湊(黒川)にしたら、走り出したんだよね。それをサクラさんが追いかけるという芝居に変わった」と撮影の裏側を明かす。急な変更を可能にしたのは、「そちらのほうがいい」と賛成してくれたスタッフの力が大きいと話した是枝監督は、「本当にいいスタッフでした」と頼もしいスタッフ陣に感謝していた。
また安藤と永山が、お互いの役者としての瞬発的な身体表現に驚いたと告白し合うひと幕もあった。是枝監督は「役者さん(にとって大事なの)は、究極的にいうと僕は運動神経だと思いますが、それはスポーツができるとかできないではなくて、身体をコントロールしていく能力の高い役者さんが、優れた役者だと思う。この2人は、とてもそれが優れている」と安藤と永山の役者力を絶賛。
最後に是枝監督は、「長い時間をかけてこの題材やモチーフと向き合ってきた」とこれまでの道のりを振り返り、「届け方、語り方が難しい映画であることは間違いない。『どんな映画なの?』と言われて『みんなで楽しめる映画だよ』とは言えない部分もある。観ていただいた方の感想や表情を目にすることで、この映画がどんなふうに届いているのか、どんな届け方が正しいのか、時間をかけてキャッチしていければなと考えています」と真摯に語っていた。
取材・文/成田おり枝