『To Leslie』主演女優の思わぬオスカー候補で、監督が確信した俳優たちの“願い”「レスリーのような役への渇望感がある」
「エドワード・ノートンのような優秀な俳優もアンドレアの演技を賞賛していました」
通常、アカデミー賞の主要部門にノミネートされる作品には、キャンペーンに巨額の予算が使われるものの、インディペンデント作品の『To Leslie トゥ・レスリー』は、そんな状況とは無縁。にもかかわらず、ライズボローの演技に感動した仲間の俳優たち、グウィネス・パルトロウ、エイミー・アダムス、ケイト・ウィンスレットらが自ら上映会を開き、SNSで絶賛したことでノミネートにつながった。一方で、こうした同業者の応援が「アンフェアでは?」という批判も巻き起こった。
この騒動についてモリス監督に聞くと「作品と直接関係ないから、その質問には答えたくないんだけど…」と渋い表情を見せつつ、次のように語った。
「この映画は撮影期間がわずか19日間で、製作費も限られていました。当然、宣伝費も大してかけられず、レッドカーペットを敷いたプレミアなどとも無縁でした。そのような目立たない作品なのに、仲間の俳優たちがアンドレアの演技を“発見”してくれたのは奇跡と言えるでしょう。これまで会ったことのない俳優たちが、私に挨拶するようになり、中には『これは歴史をひっくり返す演技。まるで「欲望という名の電車」のマーロン・ブランドのようだ』とアンドレアを絶賛する人もいました。それが連鎖してオスカーノミネートつながったのです。なぜそうなったのか、私は渦中にいたので、まだ冷静に分析することはできません」
とはいえ、モリス監督はこうした反応から、ハリウッドの第一線で活躍する俳優たちが、どんな役を求めているのかが読み取れたという。
「エドワード・ノートンのような優秀な俳優もアンドレアの演技を賞賛していました。その裏には、今回のレスリーのような役への渇望感があるのだと確信しました。複雑に入り組んだ感情を表現する際に、監督からも創造的な自由を与えられ、結果的に演技による感情表現が物語を大きく動かす…。それこそが俳優の喜びだと、今回の反応で実感しました。マーベルのアクション大作のような映画が俳優に不要、と言っているわけではありません。ただこうしてアンドレアのオスカーノミネートによって、映画の製作者たちが『こうした役をもっと増やそう』と考える可能性があります。実力派俳優も、このような役を積極的に演じようとするでしょう。それが好循環になれば、不振といわれるインディペンデント映画を発展させることになるのです」
インディペンデント映画だから、描くことができること――。モリス監督が、この『To Leslie トゥ・レスリー』で伝えたかったことは何なのだろう。
「本作の大部分はフリーウェイの横に建つモーテルで展開します。そこでは人々が一時的に行き交い、留まらず、次の地点を目指します。しかし単に通り過ぎるのではなく、何か大切な物を取り戻す場所でもあります。レスリーは、そこで息子との関係を再認識することになります。その瞬間、映画を観ていた人も『もしかしたら、これは自分の物語かも』と気づいてしまう…。そんな願いを込めて映画を作りました」
観る人はもちろん、多くの俳優たち、そして映画の作り手に希望の光を与えたのが、『To Leslie トゥ・レスリー』なのである。
取材・文/斉藤博昭