映画界の革命児、クエンティン・タランティーノのドキュメンタリーを作家・松久淳が語る!

コラム

映画界の革命児、クエンティン・タランティーノのドキュメンタリーを作家・松久淳が語る!

全国11チェーンの劇場で配布されるインシアターマガジン「月刊シネコンウォーカー」創刊時より続く、作家・松久淳の人気連載「地球は男で回ってる when a man loves a man」。今回は、映画監督クエンティン・タランティーノのドキュメンタリー『クエンティン・タランティーノ 映画に愛された男』(公開中)を紹介します。

【写真を見る】タランティーノの映画に出演した俳優やスタッフたちが、タランティーノの逸話と秘話をタブーなしで暴露!
【写真を見る】タランティーノの映画に出演した俳優やスタッフたちが、タランティーノの逸話と秘話をタブーなしで暴露![c] 2019 Wood Entertainment

映画界の革命児に迫った実に巧みなドキュメンタリー

10作監督したら引退すると宣言してるクエンティン・タランティーノ。その10作目の制作が開始されるというニュースが入ってきたところで、ドキュメンタリー『クエンティン・タランティーノ 映画に愛された男』が公開されました。

これが編集・構成ともに実に巧みで、映画として実におもしろい一本でした。
トゥルー・ロマンス』などの脚本作から始まり、そのフィルモグラフィを順番に追っていくのですが、観客としては作品を“復習”しつつ、レアなエピソードに驚きと楽しさを味わい、かつ、タランティーノがいかに映画界に革命を起こし、ジャンル映画と強い女性を愛し、描くテーマが“正義”へと移行していったかを、実にわかりやすく観せてくれます。

もうマイケル・マドセンが『レザボア・ドッグス』の時、「ハーヴェイ・カイテルならいいが、ティム・ロスなんて知らない奴に殺されるのが嫌だった」と語ってるところから最高。
「ニガー」という言葉が頻繁に飛び交う『ジャンゴ 繋がれざる者』を、スパイク・リーが猛批判したことがありましたけど、サミュエル・L・ジャクソンは「『それでも夜は明ける』だと文句言われないのにね」と言い、ジェイミー・フォックスは「スパイク・リーは尊敬してるが、うちの芝生に入るなと言ってる老人みたいだ」と笑い飛ばしてるのも興味深い。さらには現場でいちばん「ニガー」という言葉に抵抗があって言えなかったのがレオナルド・ディカプリオで、ジャクソンとフォックスが説得したら、翌日レオは役になりきって無視してきたといった貴重な話も多く、観ながら思わず「へー」を連発してました。

第85回アカデミー賞で5部門ノミネートし脚本賞と助演男優賞を受賞した『ジャンゴ 繋がれざる者』
第85回アカデミー賞で5部門ノミネートし脚本賞と助演男優賞を受賞した『ジャンゴ 繋がれざる者』[c]EVERETT/AFLO

タランティーノの現場の「決まりごと」が知れるのも楽しいです。スタッフ、出演者は皆「はい、サリー」とカメラに挨拶するんですが、これはタランティーノが共同制作者と認めた編集者へ向けたもの。血まみれのメラニー・ロランや、NGを出した直後のマイク・マイヤーズの「はい、サリー」は観てるだけでほっこりとします。
ハーヴェイ・ワインスタインとの蜜月と、彼の性犯罪による関係の終わりも、タランティーノ作品の女性たちのシーンを絡めて描いてるのも実にうまい。
最後に、ある評論家の「クエンティンの影響力は大きく、多くの三流監督が駄作を作る自信を得た」「おかしな暴力ばかり描き、熱い人間ドラマを見逃してしまう」というコメントはもう、大きくうなずきっぱなしでした。

映画『パルプ・フィクション』のジョン・トラヴォルタの役は別の俳優の予定だったなど、映画ファン必見の情報が盛りだくさん
映画『パルプ・フィクション』のジョン・トラヴォルタの役は別の俳優の予定だったなど、映画ファン必見の情報が盛りだくさん[c] 2019 Wood Entertainment


パルプ・フィクション』以降、90年代後半からいまにいたるまで、タランティーノ症候群ともいえる作品が山ほど生まれています。時制をずらしてちょっとした驚きを与えるとか、登場人物が本筋とは関係ない話を延々するとか、意外性ばかりねらったバイオレンスとか、もちろん例は挙げませんけど、これはタランティーノの(意図せぬ)悪影響。それだけこの約20年の功績が大きすぎたということでもありますが。
ちなみにタランティーノ10作目の原題タイトルは『ザ・ムービー・クリティック(映画評論家)』。実にタランティーノらしいタイトルです。その予習として、このドキュメンタリー映画は最高の教科書になっていると思います。


文/松久淳

■松久淳プロフィール
作家。著作に映画化もされた「天国の本屋」シリーズ、「ラブコメ」シリーズなどがある。エッセイ「走る奴なんて馬鹿だと思ってた」(山と溪谷社)が発売中。

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