『北極百貨店のコンシェルジュさん』板津匡覧監督「西村ツチカ作品のすばらしさを尊重しつつ、アニメならではの表現をしたかった」
西村ツチカの漫画を原作にした長編アニメーション映画『北極百貨店のコンシェルジュさん』(公開中)。「ハイキュー!!」シリーズや「GHOST IN THE SHELL/攻殻機動隊」など、数々の名作を手掛けてきたProduction I.Gが映像化し、人間と動物が織りなす奇想天外な世界観を描き出す。監督を務めるのは本作が劇場版アニメの監督デビュー作となるアニメーターの板津匡覧。西村ツチカ作品の大ファンだという板津監督に、原作の魅力や映像化でのこだわり、アフレコ裏話や劇場版アニメ作品を作り上げたいま感じていることなどを教えてもらった。
「西村ツチカさんは、いま日本で一番絵の巧い漫画家…すばらしさを尊重しつつ、アニメーションならではの表現をしたかったです」
初の劇場版アニメ監督作だが作品が完成したいま感じていることは、これまでの作品の完成時と同じ感覚だという。「『ああすればよかった』『こうしたかった』と考えてしまうのは、どの作品でも同じで(笑)。これはずっと変わらない気持ちだと思います。皆さんに観てもらえる形になったことにはホッとしていますし、やっと安心できたというのが正直な気持ちです」と穏やかな笑みを浮かべる。「いまのところ、作品の感想はスタッフや関係者だけ。スタッフはどうしても自分の仕事の確認をしてしまうので、感想の参考にはならなくて(笑)。(長編アニメ部門観客賞銀賞を受賞した)カナダのファンタジア映画祭での反響などはかなり良かったので、日本でどのような反応があるのかいまからすごく楽しみです」と公開を心待ちにしている様子だ。
板津監督が西村ツチカの描く漫画に惹かれているのは背景の描き込み。「キャラクターは非常にシンプルだけど、背景の描き込みがとてもすごくて。背景込みでキャラクター化されているところにとても惹かれます。要は背景の描き方自体に作家性の強さがあるというのでしょうか。単に場面の説明ではなく、背景を含めて表現になっています」と解説。それはアニメーション化するうえではどのような影響を及ぼすのだろうか。「ハードルは高くなります(笑)。アニメーションは、基本的にはアニメーターがキャラクターを描き、違う手法で美術さんが描いた背景をドッキングして場面にしていきます。今回スタッフが一番苦労したのはそのドッキングの工程です」と原作の作風がアニメーションに及ぼした影響に触れた。
原作へのリスペクトも保ちつつ、アニメーション化する意味もきちんと考えていた。「自分にとって西村ツチカさんは、いま日本で一番絵の巧い漫画家です。西村ツチカ作品のすばらしさを尊重しつつ、アニメーションならではの表現をしたいと思っていました。色や画面構成はとても苦労したし、細かく気をつけたポイントです」と話した板津が意識したのは主人公の新人コンシェルジュ、秋乃の動きだ。「漫画を読んでいる感じで動かせるといいなと思っていました。かつ、アニメーションならではの表現もいい感じで出していきたい。原作ではあんなにドタバタしていないけれど、アニメーションではキャラクター性を強調するために、動きの緩急を意識しました。お客様でいうと、クジャクの登場シーンも注目してほしいポイントです。活劇っぽくするところはよく表現できたと思っています」と語った。
「困難を象徴する多彩な動物たちを、シンプルな絵作りと豊かなアニメーションで描くことを目指しました」
脚本はドラマ「凪のお暇」などの大島里美が担当した。「最初に自分がやりたい構成をプロットにして送りました。百貨店ならではの表現をしたくて、原作にはない春夏秋冬と季節が一巡する物語構成を提案しました。季節によって変わるディスプレイで季節感を出したいと思っていたので。その提案を受けて『このエピソードとあっちのエピソードをくっつけて作ればいいのでは?』とアイデアをくださって。もちろんアニメーション作品の経験もある方ですが、メインは実写の方。にも関わらず、『アニメでは…』という僕からのオーダーをサラリと受け入れ、すばらしい提案で返してくれました。例えば、この作品はお仕事ものとしても構築したいとオーダーしていましたが、そのオーダーで生まれたのがラストの秋乃の感情的なシーンです。ドラマチックに作ってくださってすごくうれしかったです」。
「困難を象徴する多彩な動物たちを、原作そのままのシンプルな絵作りと繊細なディテール、豊かなアニメーションで描くことを目指して制作した」とコメントしていた板津監督。板津監督が思う“豊かなアニメーション”とはどのようなものなのだろうか。「観ている人の体が動いちゃうくらいが理想です。アニメーターとして描いている時にはキャラクターの体感に入りたいという気持ちがあります。もちろん実際にアニメのようには動けないけれど、自分だったらこう動きたいと思って描いています。これはどの作品にも共通するところ。それが観ているお客さんにもうつるのが理想です。キャラクターが動く様子を観て、実際に体が動きだすのはもちろん、なんかこんな人いそうだなって感じてもらえる。つまり作品と観客が絵でつながるというのかな。今回は監督なので演出する際、つまりカット割にもその考え方を意識して作りました」とアニメーターならでは感覚と制作工程を説明してくれた。
今回登場するキャラクターの多くは動物だが、それでもこの考え方は変わらないそうだ。「人間でも動物でも、それこそ乗り物でも同じです。聞いた話なのですが、大友克洋さんがアシスタントに『ヘリコプターの気持ちになってない!』と注意したことがあるそうで(笑)。ヘリコプターに気持ちなんかないけれど、なんかその表現はすごく良く分かります。“僕が机だったらこんな描き方されたくない”みたいなのが、体感的にあるんですよね。炎を描いていても、うねっている感じとか、なんかあるんですよ。こればかりは言葉にするのは難しい、感覚的なものなので。つまり、観たものをそのまま描くなら実写でいいわけで。アニメーションにするってことはどういうことなのか。それはやっぱり記憶や観察で一回自分の体に取り入れて、自分なりの方法で形にすることだと思うんです。対象のものをそのまま描くのではなく、表現するまでの域に達することができたらうれしいというのはアニメーターが共通して理想としているところだと思います」。