『つんドル』の“癒し系おっさん”から『福田村事件』『アンダーカレント』まで、井浦新の活躍に迫る
若松孝二監督ゆかりの『福田村事件』『止められるか、俺たちを』でまったく異なる顔を披露
ササポンはおっさんが陥りがちな、説教臭さや押しつけがましいところがいっさいない。初めて安希子に会った際にも「テキトーによろしく」と挨拶するくらい物事の捉え方が柔軟で、自分を飾ることのない率直な言葉が時に人間心理を突いていてハっとさせられることも。だが、そんなササポンにもあまり触れられたくない過去があるらしい。
井浦が『福田村事件』(23)で扮した澤田智一も、過去の出来事に囚われた男性だ。とはいえ、歴史の闇に葬られた凄惨な事件をベースとしているだけに、作品の色調は『つんドル』とはかなり趣が異なっている。澤田は1919年に日本統治下の朝鮮で起きた、日本軍による朝鮮人虐殺を目撃して人間性を失ってしまった男性だ。そして故郷である千葉県の福田村に戻った澤田とその妻は、関東大震災の5日後に起きた虐殺事件に直面することになる。
この作品は数々の社会派ドキュメンタリーを手掛けてきた森達也監督の初となる長編劇映画。2012年に急逝した若松孝二監督と縁の深いスタッフたちが森監督のもとに集結し、若松組常連俳優である井浦も台本作りから制作に関わった。
これまで「ARATA」の名で『実録・連合赤軍 あさま山荘への道程』(07)に出演して以来、寺島しのぶ主演『キャタピラー』(10)、三島由紀夫に扮した『11・25自決の日 三島由紀夫と若者たち』(12)、『海燕ホテル・ブルー』(11)など、若松監督の晩年の作品にほぼ出演をしている井浦。
若松監督について「俳優としての仕事の楽しさを教えてくれた」と語っている井浦は、監督の死から6年ぶりに再始動した若松プロダクションによるリスタート第一弾『止められるか、俺たちを』(18)にも出演。若松プロで助監督として日々を駆け抜けた吉積めぐみ(門脇麦)の視点から描かれるこの青春映画で若き日の若松孝二に扮し、白石和彌監督のメガホンのもと、当時33歳の若松監督の映画への想いを熱量高く表現している。
そしてこのほど続編『青春ジャック 止められるか、俺たちを2』(2024年3月15日公開)の公開も決定。1980年代に若松監督が名古屋でオープンさせたミニシアター「シネマスコーレ」を舞台とする物語で、井浦は再び監督役に挑む。
このように近作を見渡しただけでも、井浦の役者としての幅の広さが実感できるだろう。かねてから役作りの緻密さでは定評のある彼が、周到に準備をして臨んだ最新出演作『人生に詰んだ元アイドルは、赤の他人のおっさんと住む選択をした』。口調や些細な動作、オーラに至るまで、井浦が完璧にクリエイトした“癒し系おっさん”をこの機会に堪能してほしい。
文/足立美由紀