『コンクリート・ユートピア』が6冠!第59回大鐘賞映画祭のレッドカーペット&授賞式レポート
数字に現れない作品の価値への眼差し。独自色へ変わりゆく大鐘賞
2023年の大鐘賞映画祭で、作品賞や助演女優賞(キム・ソニョン)、主演男優賞(イ・ビョンホン)は『コンクリート・ユートピア』に軍配が上がった。ただ、席巻や総なめというよりも、様々な作品が賞を分け合う結果となった。
11月24日(金)に開催される、“韓国のアカデミー賞”として権威を誇る青龍映画賞や、世界的な韓国ドラマブームも影響存在感を増している“韓国のゴールデングローブ賞”百想芸術大賞と比べて、近年の大鐘賞映画祭はシネマアワード特有の賑わいという観点ではやや寂しいというのは否めない。特に今年は、撮影のスケジュールの都合により、レッドカーペットはもちろん、作品賞や俳優部門といった重賞でも受賞者の欠席が相次いだ。本人による受賞コメント映像が用意されているものはいい方で、プレゼンターを担う大物俳優が受賞者を発表したものの、トロフィーを渡すこともないままそのまま降壇していく後ろ姿はやはり切ない。
一方で、他の映画祭や映画賞の華やかさとはまた異なる存在意義がある。たとえばパク・フンジョン監督の新作『貴公子(原題)』はさほど目覚ましい結果を残したわけではないものの、主演を務め新人俳優賞に輝いたキム・ソンホの優雅な佇まいと見事なガンアクションには大いにしびれた。もちろん興行成績は重要だが、現代は大衆の好みが細分化しファンダムが熱烈に支える文化が根付きつつある。数字に現れない作品そのものの美点を正当に評価しようという態度が受賞結果に見てとれる。
また、ドキュメンタリーを評価する部門がある映画賞は、韓国では大鐘賞のみだ。映画祭やアートフィルムという見方の強いドキュメンタリー映画を世間一般へ知らしめる姿勢には敬服するものがある。
今回ドキュメンタリー部門大賞を受賞したのは、在日コリアンで日韓ともに根強いフォロワーのいる女性監督ヤン ヨンヒの『スープとイデオロギー』(21)だった。父亡き後、大阪・猪飼野でたった一人で暮らす母とのかけがえのない交流を綴った優しい映画でありながら、若き母が経験した済州4.3事件への怒りと鎮魂、在日というアイデンティティによる葛藤、南北分断への慟哭が盛り込まれた極めてポリティカルな傑作だ。キム・ユンソク、パク・チャヌク監督はじめ多くの韓国映画人たちから愛され、尊敬を集めている作品でもある。
受賞のコメントとしてヤン監督は、「『ディア・ピョンヤン』(05)、『愛しきソナ』(09)、『スープとイデオロギー』と家族三部作になってしまいました。26年間、私の下手な撮影に対し被写体としてカメラの前に立ってくれた天国にいる両親、平壌にいる兄と姪へ感謝を伝えたいです。私が映画を作りたいと亡き父に初めて伝えたとき、“芸術とは自国で生まれたものだけができるとても贅沢なものだ。そんな妄想は捨てろ”と言われました。私は“でもアボジ、挑戦ぐらいはしてみるべきではないですか”と言い、そんなアボジを20年間以上追い続けました。今も挑戦中ですし、これからも挑戦し続けます」と、感慨深げに話した。
実は、今回初めて地方都市の京畿道・水原市での開催だったことにも注目したい。仁川広域市と京畿道を拠点とする新聞社の京仁日報が地元で街頭インタビューをする様子を見ると、「映画祭があるのは大体ソウルや釜山だけなので光栄です」と歓迎の言葉を口にする市民がよく見られた。地元民だけではなく、中にはわざわざフィリピンからやってきた熱烈な韓国映画ファンの姿もあった。イベントが都市部に一極集中する問題は、日本も同様だ。映画をはじめとした、カルチャーにおける地域格差を解消しようとする試みには、意義深いものがあった。
伝統のある大鐘賞だが、今年はOTTを含めた連続ドラマを評価するシリーズ賞を設けるなど、時流にあった動きも見せている。ピープルズアワードやニューウェイブといった演者への賞が、新人賞や各々の俳優賞に一本化されたのも、より質実かつ多様な作品を評価する方向へと舵を切っている様相だ。
そうした質実さがよく現れていたのが、主演女優賞を独立映画『ビニールハウス(原題)』の主演キム・ソヒョンが獲得したことだ。
介護職に従事しながらビニールハウスで息子を育てているムンジョンの切迫した物語だ。青少年犯罪、高齢化、性暴力といったシリアスな社会的イシューを取り扱い、希望も抱かせてくれる深い作品についてキム・ソヒョンは、受賞のステージで「自分の話のようで泣きながら台本を読んだ。この時代を生きている私たちは華やかに見えるがそうではない。この作品を通じて心が重くなった」と、作品が自分自身と社会に重い問いを投げかけていることを示唆し、撮影を振り返った。
全体的にノミネート作品は同時期の青龍映画賞を意識しているものの、受賞結果はかなり大鐘賞のカラーを出そうと努力されたものだったことは好ましい。『コンクリート・ユートピア』で助演女優賞を獲得したキム・ソニョンが、会場にハッピーなオーラを振りまくように大いに喜びを露わにしていたのは、本心からだったに違いない。