「NOLLY ソープオペラの女王」ヘレナ・ボナム・カーター、イギリスでもっとも愛された女優の降板騒動を語る
「私もノリーのようにミュージカル女優になりたかった」
――「NOLLY ソープオペラの女王」はどのようなドラマですか?
「“ノリー”のニックネームで愛された、レジェンド的な女優ノエル・ゴードンの伝記ドラマです。彼女は1964年から1981年まで、イギリスで絶大な人気を誇ったソープオペラ(テレビドラマシリーズ)『クロスローズ』の主演女優でしたが、突然解雇されました。脚本のラッセル・T・デイヴィスは、理不尽な仕打ちを受けた彼女のことを人々の心に思い起こさせ、その功績にふさわしい追悼をしたいと思ったんです。私は1966年生まれなので、『クロスローズ』のことは知っていましたが、熱心なファンではありませんでした。主人公がモーテルを経営していた赤毛の女性というおぼろげな記憶があるくらい。当時はモーテルがどんなものなのかもよく知りませんでした」
――今回ノエル・ゴードンを演じるにあたりどのような準備をされましたか?ノリーはどのような人物だったのでしょう?
「彼女に関する資料を何冊も読みました。彼女はとても多面的で、一筋縄ではいかない人ですが、どんな人も馬鹿にせず、多くの人をバックアップしたそうです。彼女をうまく演じる自信がなくて、じっくりと調べました。自伝を読み、彼女の友人たち全員に話を聞きましたが、みなさん本当に優しく協力的でした。それはひとえに彼らが本当にノリーを愛していたからだと思います。特に(『クロスローズ』の共演者の)トニー・アダムスとスーザン・ハンソン、舞台監督だったリズ・スターン。彼らは“ノリーは手ごわいけど寛大な人だった”と言っていました。ストイックなプロフェッショナルであり、現場のリーダーであり、そして深い陰影のある人で、演じていてとても楽しかったです。特にノリーと『クロスローズ』の役柄である『メグ・モーティマー』はまるでひとつになっていました。
また、私との共通点もあります。私もノリーのようにミュージカル女優になりたかったのですが、私は声もダンスも全くダメなんです。私が本作の準備を始めていたときに、スティーヴン・ソンドハイムが亡くなりました。彼とは『スウィーニー・トッド』(07)に出演したときに出会いました。劇中で『ジプシー』を演じるノリーを通して、ソンドハイムの楽曲を歌えるなんて感無量です。今回役作りの手助けをしてくれる人たちに恵まれました。ノリーは『ザ・クラウン』のマーガレット王女が、毛皮のコートを着て、タバコを吸う姿に勝るとも劣らない威厳がある人でした。そして“ミッドランドの女王”と呼ばれることが大好きでした。ボイスコーチからは、ノリーの大きな声帯筋の使い方を教わりました。ノリーはウエストハム(労働者階級の多い地区)出身にも関わらず、15歳で名門の王立演劇学校(RADA)に通っています。私の発音はきちんとしているとは言えませんが、ノリー本人は舞台で通用するキングズ・イングリッシュを話すことができました。そして多分アメリカ留学で取得したのだと思いますが、言葉尻を上げるような、存在感のある話し方をしました」
女性でなく男性だったら、はたして解雇されたでしょうか?
――この役柄のどこに惹かれたのですか?
「多面的なキャラクターが大好きなんです。ラッセルの脚本は素晴らしくて、私にはプレゼントのような役でした。彼はノリーを個性的に書き、ページから飛びだすようなキャラクターにしました。私は手始めにノリーが出演したトーク番組『ラッセル・ハーティ・ショー』をYouTubeで見ました(ノリーが出演する『クロスローズ』の最後のエピソードが放送される日に出演した番組)。とても驚きました。彼女はとても屈託なく率直で、堂々としていて、勇気があり、恐れを知らない。ありのままの出来事を話していて、彼女への仕打ちに怒っていました。彼女の獰猛さ、気迫には本当に感心させられるし、痛快です。引退を余儀なくされながら、そんな気はさらさらなかった。パワフルな女性です。もし彼女のような気質ーつまり我が強く、自分の望みを知っていて、リーダー的な存在ーそういうタイプの人が、女性でなく男性だったら、果たして解雇されたでしょうか?私はされてなかったと思うんです。女性だったから厄介払いされたのです。彼女は不屈の精神を持ち堂々としている人でした。上層部の男たちの多くが、彼女を恐れ、うっとうしいと排除したのです」
――このドラマは40年前が舞台ですが「クロスローズ」を観たことがないような若い人も楽しめるでしょうか?
「このドラマは裏切りの物語です。いまでも同じようなことが起こっています。この番組を知らなくても、テーマとして心に響くはずです。年配の観客にとっては、自分たちが大きな愛情を注いできたキャラクターたちを思いだすでしょうし、このドラマを見て、ノスタルジックでハッピーな気分になってくれることを願っています」
――ラッセルは“この番組がテレビへのラブレターだ”と語っています。テレビが人々にとって特別なメディアである理由は何だと思いますか?
「テレビの特別さは、あの小さな箱を通して、人々が世界を体験することだと思います。『ドクター・フー』のように、どこにでも、過去にも未来にも行ける魔法の箱です。誰にでもアクセスできる“共感ボックス"であり、世界の人々の孤独がエスカレートしているいま、人々をつなぐコネクターでもあると思います」
――観客にこのドラマからなにを感じ取ってほしいですか?
「ラッセルが望んでいたのは、このひどい出来事をもう一度人々に知ってもらうことでした。彼は『IT’S A SIN 哀しみの天使たち』でHIV/エイズのために消えてしまった人たちの世代全体、負け犬と言われ、忘れ去られた人々を描き、擁護しました。同じように、彼はノリーが受けた仕打ちを改めて考え、彼女を正当に評価すべきだと考えたのです。このドラマはノリーへの追悼です。どんな仕打ちにも屈せず、人々を笑わせ、泣かせたい!そのような、みなさんの中の“ノリー”を奮い立たせて頂けたら嬉しいです。一日の終わりに、このドラマがみなさんを灰色の日々からバラ色の世界に連れ出してくれますように!」
文/スズキヒロシ