「自分の中身が“空洞”だった」“いま”を生きる俳優・橋本愛が『熱のあとに』でたどり着いた新たな演技の境地
共感ではなく、冷静に分析することで、どこまでも役に寄り添う橋本。では、実際に役を演じている最中の俳優の心身の状態は、いったいどんなことになっているのだろうか。冒頭のタバコのシーンを引き合いに出し、訊いてみた。
「自分の中身が“空洞”になる感覚になったのは、初めての経験」
「私の場合は、たとえセリフを何も話していない時であっても、心の中では演じている役としての言葉が、止めどなく流れているんです。モノローグが延々と続いているかのように。でも、水に打たれながらタバコを吸っていた場面では、なぜか沙苗の思考みたいなものが全部なくなって。“ただそこにいる”という感覚だけが残った。あんな不思議な感覚になったのは、初めての経験でした」
「そもそも心の声って、私の中には二層あって。表層は実際に声になって聞こえてくる言葉なんですが、二層目はほぼ概念に近い状態の言葉で。それは声としては聞こえてこないんです。日常生活においても、口には出さないだけで、心の中ではいろいろ思っていることが誰しもあったりしますよね。だからこそ、『演じているときもずっとモノローグがある状態じゃないとダメだ』って、以前は思っていたんですけど、今回演じたあのシーンでは、言葉はなくて、自分の中身が“空洞”だったんですよ。もしかするとあの時は、心の二層目にある概念だけの状態だったのかもしれません」
取材の終わり、「沙苗が歩き方が妙に気になった」と感想を伝えると、橋本は「わぁ、嬉しい!」と声を上げ、「あれは、私の中でのダンスをしたつもりなんですよ」と語り出した。
橋本が以前、TV番組で田中泯と対談していたことを思い出して尋ねると、「私は泯さんの踊りも大好きなので、素人ながらにちょっと真似するみたいな感じもあるんです。沙苗って、歩く時も、立つ時も、座る時も、これは踊らなきゃだめだなと思って。それは毎回意識してましたね」
取材部屋に現れたときの橋本を一目見たときに、「まるで橋本愛が爆発しているかのようだ」と感じた理由が腑に落ちた。“いま”を生きている橋本愛は、取材の合間も隙を見て大好きなチョコレートを食べ、いつ何時も踊っているのだ。
「本当ですか!?そう見えます?いや嬉しい!そうなんです。最近、私めちゃくちゃ踊ってるんですよ!コンテンポラリーダンスの舞台を控えていて、実際にもしょっちゅう踊っているし、確かにいまも踊ってる(笑)。これまでは『踊りたい!』という気持ちだけが先行している状態だったんですが、徐々に『踊りとは何か?』ということが自分自身の身体の中に入ってきているのを実感しています。だから私、いますごく楽しいんです」
取材・文/渡邊玲子