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相反する魅力が尽きない表現者チェ・ウシクの軌跡。“愛されキャラ”が「殺人者のパラドックス」で放つ狂気

コラム

相反する魅力が尽きない表現者チェ・ウシクの軌跡。“愛されキャラ”が「殺人者のパラドックス」で放つ狂気

チェ・ウシクの“新しい顔”はポン・ジュノ監督が見出した?『オクジャ/okja』と『パラサイト 半地下の家族』

パラサイト 半地下の家族』(19)でチェ・ウシクとタッグを組んだポン・ジュノ監督は、彼について「黙って立ってるだけで、なんだか気の毒そうに見えますよね。そのままで、どことなく栄養が足りていないような印象がある人です。満腹になって席を立ったその瞬間に、栄養不足になっているような感じがある。心配事も多そうに見えるし、少し猫背気味のような気もするし、そういうイメージとよく合うんだと思います」(イ・ドンジン著「ポン・ジュノ映画術『ほえる犬は噛まない』から『パラサイト半地下の家族』まで」より)と語っている。たしかに、ちょっとシャイな野球部員に扮した『新感染 ファイナル・エクスプレス』(16)のように、チェ・ウシクは気弱そうな好青年の役が多い。だが『パラサイト 半地下の家族』で演じた、ソン・ガンホ扮するギテクを家長とした貧しい一家の長男ギウは、これまでのキャラクターからはやや逸脱している。

妹ギジョン役のパク・ソダムとの絶妙なシンクロ演技が堪能できる『パラサイト 半地下の家族』
妹ギジョン役のパク・ソダムとの絶妙なシンクロ演技が堪能できる『パラサイト 半地下の家族』[c]Everett Collection/AFLO

ギウはルックスも真面目そうで、人当たりもソフトだ。一方で、柔らかい口調と頭の回転の速さで人を言いくるめることにも長けていて、イメージを利用して裕福なパク家に取り入った節も否めないようにも感じる。

弱気な青年に見えるが、生活のために裕福な一家を騙し抜こうと企むギウ
弱気な青年に見えるが、生活のために裕福な一家を騙し抜こうと企むギウ[c]Everett Collection/AFLO

「気の毒そうな青年」と評しているにもかかわらず、ギウのような役にチェ・ウシクを抜擢したポン・ジュノ監督。初めて二人が出逢った『オクジャ/okja』(17)でのチェ・ウシクの演技を見て、すでにポテンシャルを見抜いていたようだ。ポン・ジュノ監督の映画には、世代や社会、階級を分かりやすく象徴する人物が登場する。巨大な豚のオクジャと育ての親の少女ミジャの冒険を描いたこの映画でチェ・ウシクが演じていた今どきの若者・キムは、そんな“ポン・ジュノ的人物”の一人だ。作品のヴィラン、ルーシー(ティルダ・スウィントン)率いる多国籍企業のミランド社は、ある壮大な計画に利用するためミジャからオクジャを奪い、ニューヨークへトラックで輸送しようと企む。その運転手がチェ・ウシクだった。トラックは動物愛護団体に襲撃されてオクジャが奪われるが、キムは「労災保険に入っていないし、俺には関係ない」と動こうともしない。組織に忠誠を誓う前時代的価値観が通用せず、その後ニュース番組のインタビューに登場するとヘラヘラしながらミランド社の失態を嗤う。わずかな出演シーンだったが、いかにも権力や体制を嫌うポン・ジュノ監督が好む人物ではないだろうか。彼が『パラサイト 半地下の家族』にキャスティングされる所以がよく分かると同時に、「殺人者のパラドックス」を観た後で想像すると、気だるそうなキムはもしかしたらイ・タンだったのかもしれない。

タンは神が遣わした英雄なのか?裁かれるべき罪人なのか?
タンは神が遣わした英雄なのか?裁かれるべき罪人なのか?[c]Netflix


「殺人者のパラドックス」への出演の理由として、チェ・ウシクは「僕が演じるイ・タンというキャラクターも、俳優として挑戦したいと思った。自信もあった」と語っている。ごく自然に演じていたイ・タンはしかし、彼にとっても挑戦だったようだ。そしてこのドラマで、ベストアクトをまた一つ更新した。この先、どんなジャンルに挑もうとも、“信頼できる俳優”の一人として、長く私たちを楽しませてくれることだろう。

文/荒井 南


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