片渕須直監督と臨床心理学者の横田正夫が分析する高畑勲の作家性…人間の異常状態を描く凄み、“視線移動”の表現の豊かさ

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片渕須直監督と臨床心理学者の横田正夫が分析する高畑勲の作家性…人間の異常状態を描く凄み、“視線移動”の表現の豊かさ

新潟市で開催中の第2回新潟国際アニメーション映画祭では、レトロスペクティブ部門で高畑勲監督の特集が行われている。3月19日には日報ホールで「高畑勲という作家のこれまで語られていなかった作家性」と題したトークイベントが実施され、片渕須直監督と臨床心理学者の横田正夫が登壇した。

同映画祭のレトロスペクティブ部門では、2018年の逝去後も世界のアニメーション界に大きな影響を与え続ける高畑勲監督をピックアップ。“高畑勲の「映像」と「思考」を探る”をテーマに長年積み上げた作品を一望し、また高畑監督と関係者のあった人たちの視点を加えることで、その思想に迫っている。この日は日本大学芸術学部の映画学科の先輩、後輩にあたるという2人が、高畑監督の作家性について語り合った。

臨床心理学者の横田正夫
臨床心理学者の横田正夫

「臨床心理学というのは、心の奥底を調べるもの」と自身の仕事について話した横田氏は、「高畑さんの作品は正常な心理を描いているように見えるんですが、実はそうじゃない。異常な心理状態を的確に表現している。それがとてもおもしろい」と分析。高畑監督が手がけたテレビアニメ「アルプスの少女ハイジ」や「赤毛のアン」「母をたずねて三千里」を例に出し、「ハイジはアルプスから都会に行って、一人ぼっちになる。救いとなる人がいない状態になった時に、ハイジは幻想を見ることが救いになる。かつて体験した過去のイメージが再現されて、それで部分的に救われる。これは異常状態です。そういった表現を子供向けのアニメーションで、しかも的確に表現する。これはすごいと思った。同じやり方を『母をたずねて三千里』でもやっている。(主人公のマルコが)旅をしても、なかなか母が見つからない。街の人も冷たくて、疎外感にあふれる。すると街がゆらめいて見えて、幻影のように見えてきてしまう」と解説。

横田氏は高畑監督の遺作となった『かぐや姫の物語』(13)でも、「かぐや姫が桜の花を見て歓喜に打ち震えて踊っている時に、子どものきゃっきゃという笑い声が挿入される。高畑さんの絵コンテには『幻聴のように』と書いてある。その後には現実に戻ってしまい、彼女は歓喜に打ち震えていたはずなのに、現実とのギャップに愕然として無表情になる。追い詰められた女の子が陥りやすい情景が的確に表現されている」と続けた。片渕監督は「『高畑勲は人間を描く、すばらしい作家だ』と定評がある。僕にとっては“人間を描く”とはなんなんだろう。どうやったら、自分はそこに近づけるんだろうというもがきがあった」と告白し、「必ずしも人間って正常な時だけではなく、状況的にはおかしなことになってしまう時がある。その有様を的確に描けるということが、“人間を描く”方法のひとつなのではないかと思う」と思いを巡らせていた。

【写真を見る】片渕須直監督と臨床心理学者の横田正夫が、高畑勲のこれまで語られていなかった作家性に迫る!イベントの様子
【写真を見る】片渕須直監督と臨床心理学者の横田正夫が、高畑勲のこれまで語られていなかった作家性に迫る!イベントの様子

また横田氏は、高畑監督は人間の心理状態を“視線の移動”で表現できる監督だとも評した。「高畑さんの作品を観ていると、目線の移動がきちんとしていて、相手をしっかりと見て捉えて会話をする。絵コンテを見てみると『こういう意味があるので、こういう視線を送る』と書いてあったりする。設計の段階で、視線についても的確に書いている」と切りだし、「例えば『おもひでぽろぽろ』の食卓場面でも、息詰まるようなシーンがありますよね。視線を送った後でそれを受け止める方の反応と、またその反応を受けた後の視線の返し方など、反応が的確すぎる。あまりにも的確なので、息詰まるような気持ちになる」と臨床心理学の面から考えても、人々の間で交わされる反応の連鎖、間、視線など「あまりにも的確」と繰り返すと、片渕監督も「『じゃりン子チエ』でもテツがやたらと睨みつけたりする」とにっこり。高畑監督が長編アニメーションの監督デビューを果たした『太陽の王子 ホルスの大冒険』に登場する少女ヒルダの目の表情もとても印象深いが、横田氏は「ヒルダの表情の変化と、視線移動は劇的な表現。ヒルダには自分の内面を隠しながらも、本心はこういうものだと表すような視線移動がある。『じゃりン子チエ』あたりになってくると、日常のなかで感情が動いた時に、視線はこう動くというものが描かれている」と視線移動の表現をより深めていると語った。

高畑勲監督の作家性を「もっと掴んでおくべきなのではないか」と語った片渕須直監督
高畑勲監督の作家性を「もっと掴んでおくべきなのではないか」と語った片渕須直監督

そのほかにも記憶の捉え方や、美しさを再現したいという情念など、高畑監督作品に迫った2人だが、高畑監督の作家性を理解しようと思ったら「精神分析学や臨床心理学の知識を持っていないとダメだったりする。そこに到達しないと、理解や、後継者たる意識みたいなものが芽生えないかもしれない」と片渕監督。高畑監督というと、ご飯を食べるといった日常生活を丹念に描くという評価を受けることも多いが、片渕監督は「高畑勲のやったことの本質は、生活描写がすべてではない。高畑さんの影響を受けているはずなのだから、我々はもっと高畑さんの作家性を掴んでおくべきなんじゃないかと思う。高畑さんの言葉を学生たちにもできるだけ伝えようとしているけれど、高畑さんは生活描写がすごいというだけにすると、表面的なところをなぞるだけになってしまう」と高畑監督が残したものを、もっときちんと捉える必要があるのではないかと話す。


すると横田氏も、高畑監督の作家性として「合理性が高い」と語るだけではなく、「高畑さんの作品には合理性もあるし、不合理性もあって、その2つが結び付けられて、調和している。高畑監督の作品には不合理なものとして込めているものが必ずあるので、そこをきちんと見て、言語化、意識化していく努力をしていかないと、高畑理解が進まないと思う」と危惧しつつ、「高畑さんは、矛盾した心理までを描く。その人間理解は恐ろしいほど」と舌を巻いていた。

新潟国際アニメーション映画祭は、世界で初となる⻑編アニメーションを中心とした映画祭。アニメーションや漫画関連に従事する人々を約3000名以上輩出している日本有数のアニメ都市である新潟から世界へと、多岐にわたるプログラムを発信している。3月20日まで新潟市内で開催される。

取材・文/成田おり枝

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