映画ライターたちが“推し”ノーラン作品をクロスレビュー!『オッペンハイマー』につながる名作、話題作の魅力、おすすめポイントは?

コラム

映画ライターたちが“推し”ノーラン作品をクロスレビュー!『オッペンハイマー』につながる名作、話題作の魅力、おすすめポイントは?

『フォロウィング』(98)、『メメント』(00)の衝撃的なデビューを経て、世界中の映画ファンを虜にしてきたクリストファー・ノーランの最新作『オッペンハイマー』がいよいよ3月29日(金)より公開される。本作は天才科学者、ロバート・オッペンハイマーの栄光と苦悩、没落を描く歴史ドラマ。世界中で大ヒットを記録し、先の第96回アカデミー賞では、ノーランに初の作品賞と監督賞をもたらしたほか、主演男優賞、助演男優賞、撮影賞、編集賞、作曲賞など最多7部門に輝いている。

ノーラン作品といえば、圧倒的な映像美と音響による没入感、散りばめられた伏線や幾重にも折り重なったストーリー構造に加えて、時間や物理現象を扱った映画ならではの映像表現も魅力。その唯一無二の世界観から、新作が公開されるたびにノーランファンからの絶大な熱狂を持って迎えられてきた。そこで本稿では、『オッペンハイマー』公開に向け、映画ライター3人によるクロスレビューを実施。それぞれに“推し”ノーラン作品をピックアップしてもらい、見どころやハマった理由について自由に語ってもらった。

原子爆弾を開発し、「原爆の父」と呼ばれた物理学者ロバート・オッペンハイマーの人生を描く『オッペンハイマー』
原子爆弾を開発し、「原爆の父」と呼ばれた物理学者ロバート・オッペンハイマーの人生を描く『オッペンハイマー』[c]Universal Pictures. All Rights Reserved.

人間が持つ複雑な心の動きをSFの世界観に落とし込んだ『インセプション』(10)

ご存じの通り、クリストファー・ノーラン監督は作品が公開されるまで徹底した秘匿主義を貫く作家。『インセプション』の取材時も「産業スパイが多重構造の夢に侵入し…」というプロットだけ配られ、直接話を聞いてもいったいなんのことやら…と大混乱になったことがいまでも強く印象に残る(完成前だったため、キャストも実はよく理解していなかった)。

夢に潜入する産業スパイたちの活躍を描く『インセプション』
夢に潜入する産業スパイたちの活躍を描く『インセプション』[c]Everett Collection/AFLO

完成した作品は、まさにカルト娯楽大作。一度観ただけでは、誰のどの階層の夢だか理解できず、劇場に通いまくり。こんな作品に出会ったことがない。それが『インセプション』だった。設定はSFだが、描かれている心の動きや行動要因など、すべてがありうることばかり。そのため、観終わったあとは、まるで自分も夢から覚めたばかりで現実と夢との境界線にいるような感覚に。好奇心、衝動、探究心など、人間だけが持つ複雑な心の動きを、視覚化することに成功したばかりか、それをSFスリラーというジャンルに収めた怪作でもある。(映画ライター・よしひろまさみち)

時空が歪んだような夢の世界を極力CGを使わずに表現している(『インセプション』)
時空が歪んだような夢の世界を極力CGを使わずに表現している(『インセプション』)[c]Everett Collection/AFLO

登場人物たちの緊張感、焦燥感が様々な音によって伝わってくる『ダンケルク』(17)

映像表現に定評のあるノーラン監督。本作も陸、海、そして空と3か所の戦地が描かれ、それぞれの地にいるかのような没入感ある映像が見どころの1つだろう。しかし、私が本作で一番“推したい”のは「音」なのだ。序盤から心臓の鼓動が波打っているような一定のテンポで刻まれる「ドンドン…」という音。シーンごとにテンポが遅くなったり早くなったり…登場人物たちの心拍数が表現されているようで、我々観客も同じ状況下に置かれていると錯覚してしまうほどの臨場感を味わえる。さらに、本編中ほぼすべてのシーンに流れ続ける秒針の「カチカチ…」という音も緊張感や焦燥感を募らせる。

第二次世界大戦下における史上最大の救出作戦を映画化した『ダンケルク』
第二次世界大戦下における史上最大の救出作戦を映画化した『ダンケルク』[c]Everett Collection/AFLO

この2つの音に加え、登場人物たちの緊迫感を直感的に理解させてしまう容赦ない音楽。そんな本作の音楽を支えているのは『バットマン ビギンズ』(05)以来、ノーラン作品の音楽に携わってきたハンス・ジマー氏。ノーラン監督の発想力とその発想を見事に実現させたジマー氏が織りなす音響効果。2018年のアカデミー賞で「録音賞」「音響編集賞」を受賞したのも納得だ。セリフがあまり多くない作品だからこそ、音に集中しやすい本作。大音量で観ないのは「もったいない」。その一言に尽きる作品だ。(推し活メディア「numan」編集長/フリーライター・阿部裕華)

兵士たちの緊迫感が音を通して観客にも伝わってくる(『ダンケルク』)
兵士たちの緊迫感が音を通して観客にも伝わってくる(『ダンケルク』)[c]Everett Collection/AFLO


映画というマジックを自在に操るノーランの手法に唖然としてしまう『プレステージ』(06)

トリッキーな設定にしたり、時系列をシャッフルしたり。デビューした頃から映画のストーリーテリングにこだわり、様々な仕掛けを施すことによって観客を驚かせてきたクリストファー・ノーランにとって、奇術師は興味深い存在だったのかもしれない。クリストファー・プリーストの小説「奇術師」を映画化した『プレステージ』は2人の奇術師の物語。かつては仲間だった2人は、ある事件をきっかけに激しく憎み合うようになる。

演出力に長けた「偉大なるダントン」ことアンジャーを演じるヒュー・ジャックマン(『プレステージ』)
演出力に長けた「偉大なるダントン」ことアンジャーを演じるヒュー・ジャックマン(『プレステージ』)[c]Everett Collection/AFLO

相手の才能や成功に対する嫉妬。奇術に対する執念。宿命のライバルとなった2人の壮絶な闘いは、「ダークナイト」三部作のようにエモーショナル。その一方で、ノーランは次々と紹介される手品のトリックを通じて観客を虚実入り混じった物語に引き込み、最後には映画でしかできないトリックを用意して観客を唖然とさせる。凝った語り口と派手な映像を駆使してイリュージョン(大掛かりな仕掛けの手品)のように観客を幻惑する本作の手法は『インセプション』や『TENET テネット』(20)へと受け継がれていくが、映画というマジックを自在に操るようになったノーランの自信と野心が伝わってくる作品だ。(映画/音楽ライター・村尾泰郎)

「教授」の芸名を持ち、地味だが豊かな発想力で奇術に取り組むボーデンに扮するクリスチャン・ベール(『プレステージ』)
「教授」の芸名を持ち、地味だが豊かな発想力で奇術に取り組むボーデンに扮するクリスチャン・ベール(『プレステージ』)[c]Everett Collection/AFLO

今回紹介した3本以外にも、クリストファー・ノーランの監督作はどれもが映画的な感動にあふれたものばかり。『バットマン ビギンズ』にはじまる「ダークナイト」トリロジーは、ジョーカーの狂気を文字通り体現したヒース・レジャーがアカデミー賞助演男優賞に輝くなどヒーロー映画の枠を超えて高い評価を獲得。人類が新たに居住可能な惑星を探索する『インターステラー』(14)では宇宙規模で描かれた親子の絆が涙を誘い、“時間逆行”のテクノロジーが登場する『TENET テネット』の“順行”と“逆行”が交わった映像に戸惑いつつも夢中になった人は多いはず。

『ダークナイト』でジョーカーを演じたヒース・レジャーの演技は圧巻だった…
『ダークナイト』でジョーカーを演じたヒース・レジャーの演技は圧巻だった…[c]Everett Collection/AFLO

果たして、『オッペンハイマー』ではどのような驚きと衝撃をもたらしてくれるのか。これまでの作品を思い返しながら、その答えを劇場で確かめてみてほしい。

構成/平尾嘉浩

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