「たくさんの悩みと葛藤を抱える“誰かのファン”に観てほしい」『成功したオタク』オ・セヨン監督が語る“推し”への向き合い方

インタビュー

「たくさんの悩みと葛藤を抱える“誰かのファン”に観てほしい」『成功したオタク』オ・セヨン監督が語る“推し”への向き合い方


「いまの自分がいるのは推し活の時間があったからと認めることができるようになった」

推しに認知された「ソンドク」と呼ばれるオタクだった監督
推しに認知された「ソンドク」と呼ばれるオタクだった監督

セヨン監督は、ジュニョン氏の裁判にも実際に足を運んでいる。「最初はドキュメンタリー映画を作るにあたって情報を集めなくてはいけないと思い、行こうと思ったんです。でも、韓国ではそういう裁判は撮影や録音が不可能なんですよ。一人で参加したんですけど、裁判を見ているのはとてもつらかったです。これまでは目の前に舞台があって、舞台の上には歌っている彼がいて、観客席には自分がいましたが、裁判での姿もそれとたいして変わりがなくて。舞台じゃないですけど裁判所の上にいる彼と、それを傍聴席から見ている自分という、“彼を見ている私”という立場は一緒なのに、状況がまったく違うことが衝撃的でした」

また、映画を撮る前と撮ったあとでは、気持ちに大きな変化があったと続ける。「撮り始める前は怒りに満ちていて、『私の時間を返せ!』という悔しさと、『私がこれだけ頑張ったのに、こういう返し方をするんだ』という気持ちがありました。だけど、同じような経験をした友人たちへのインタビューを10人ぐらいしていくうちに、たくさんのことを学びました。いまでは、私が彼を好きだった時間は否定できないし、いまの自分がいるのはその時間があったからと認めることができるようになりました」

もし推しが犯罪者になったら…。ファンのやるせない心情をすくい取る
もし推しが犯罪者になったら…。ファンのやるせない心情をすくい取る

「韓国で公開された時は、とても熱い反応がありました!」と、セヨン監督は笑顔で話してくれた。「この物語が映画となり、いろんなところで上映されて、テレビなど様々なメディアで扱われたことで、たくさんの方に知ってもらえることができたんです。とくに、『私も同じような気持ちを経験しました』という反応が多かったです。また、この映画自体が、私という人物になぜか親近感を持たせてくれたようでした。映画祭を回る期間が1年ほどあって、観客の皆さんとお会いする機会が多かったんですけど、まるで自分が“推し活の博士”のように扱われて(笑)。『うちのオッパ(女性が年上の男性を呼ぶ時に使う言葉)がこんなことをしたんですけど、どうすればいいですか?』のような相談をされたことも、印象に残っています。また、当時一緒に彼の推し活をしていた人たちからも個人的にたくさん連絡がきました。『私たちは以前同じ人が好きでしたね。私たちの話をしてくれてとってもうれしい』と、私のInstagramにDMを送ってきてくれたんです」

この作品を公開したことで、多くのアイドルファンから “推し活の博士”として慕われることとなったセヨン監督。現在は新しい“推し”がいるのかどうかを聞くと、「映画を作っている間もいろんなオッパが私を通りすぎたわけですけども…(笑)」と明かす。「でも前と違うことは、100%純粋な気持ちでは好きになれないですね。『この人もちょっとなにかあるんじゃないか?』と疑ってしまう自分がいます。なので、『お金は使わないでおこう』『グッズは買わないでおこう』という自分だけのささやかなルールを作りました。誰かを好きになったとしても、『いま私が見ているのは彼のすべてじゃない、一部にすぎない』と自分に言い聞かせています」と本作を製作したあとの推し活への気持ちの変化を語ってくれた。

 推しとの距離感や気持ちの整理の仕方を考えさせられる
推しとの距離感や気持ちの整理の仕方を考えさせられる

BTSに続き次々と新しいグループが全米チャートでランクインを果たすなど、K-POPの世界的な人気は現在も拡大し続けている。K-POPや韓国文化が世界的に人気を博していることについては、セヨン監督はどのように感じているのだろうか。「なぜでしょうね?私もよくわからないです(笑)。でもK-POPは、ストーリーテリングがうまいと思っています。歌だけではなく、そのグループがデビューするまでのすべての過程やストーリーが、海外のファンをもっと魅了させているのではないでしょうか。そしてファン達が、彼のキャリアの旅路に一緒に参加したいと思わせることが、人気の秘訣なんだと思います」

大学在学中に本作を完成させたオ・セヨン監督
大学在学中に本作を完成させたオ・セヨン監督

インタビューの最後、セヨン監督は公開を楽しみに待っている日本の方々へ素敵なメッセージを贈ってくれた。「“誰かのファン”として生きていると、たくさんの悩みと葛藤にぶつかることがあります。でも、実際にそういう気持ちを周りから理解してもらえないケースも少なくないです。だからこそ、ファンの立場で、ファンの物語を伝える映画を作りたかったんです。日本にいる“誰かのファン”であるあなたにも、ぜひこの映画を観ていただきたいと思います!(愛嬌たっぷりに)よろしくお願いします〜!」


取材・文/紺野真利子

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