黒澤明の影響に小栗旬へのラブコールまで!『パスト ライブス/再会』セリーヌ・ソン監督が明かす、映画体験と演出術
「セリフではなく、俳優の位置で意味を伝える」
アカデミー賞ノミネートが示すように脚本のクオリティが本作の魅力だが、同時に人物の捉え方から編集まで「演出」が秀逸なので、観る者は引き込まれてしまう。演劇の世界から映画へとシフトしたソン監督は、「映画の撮影では太陽の光をコントロールできないのが、演劇との大きな違い」と初体験での苦労を告白しつつ、演出に関しては経験が役立ったという。
「私は10年以上、演劇の世界を経験したことで、人物をどこに立たせるかという、ブロッキングの技術を学びました。人の配置がストーリーを作り出すのです。俳優とは“空間”および“時間”をうまく使って仕事をしてきました。『パスト ライブス/再会』では、そのブロッキングをカメラを通して行ったわけです。ノラとヘソンがメリーゴーランドの前に座っているシーンでは、2人の距離で、お互いのすべてを知らないもどかしさを表現しました。仲がよかった子ども時代の心は、すでに彼らの肉体には存在していません。でも大人の女性、男性としての欲求があり、近づきたいとも感じています。このように俳優をある場所から別の場所へ移動させる際に、セリフではなく位置で意味を伝える手法を、私は黒澤明監督の『天国と地獄』で学びました」
「ユ・テオとジョン・マガロは、撮影の本番まで会わせないようにした」
俳優の演出に関しても、ソン監督の柔軟な対応、あるいはこだわりが発揮された。
「もちろん俳優たちには、そのシーンでなにを感じているべきかを正確に伝えます。『愛している』という感情を、まったく違うセリフで表現することもありますから、そこは俳優の演技にかかっています。クライマックスのUberのシーンのように、多くの指示を与えなかったケースもあります。俳優たちが『ここでこうする』と気にしすぎると、動きの流れが悪くなる可能性があったからです。また、ヘソン役のユ・テオと、アーサー役のジョン・マガロを、撮影の本番まで会わせないようにして、初対面の感情を出させようとしました。リハーサルの段階で、ノラ役のグレタ・リーには、彼らそれぞれに対し、『あの人は、こんな人』と前情報を与えてもらい、それによってテオとジョンは相手がどんな人なのかを想像します。そして実際に会った時、想像とどう違っていたのか、その印象をカメラで収めたかったのです」
ノラとヘソンは24歳でSNSでコンタクトをとり、Skypeで話すようになるが、このシーンの撮影でソン監督の苦心は実を結んだという。
「ノラとヘソン、それぞれの部屋のセットを作り、両方をケーブルでつなぎました。12年前という設定なので、ネットの通信が不安定な状況も再現したくて、両方が見えるブースにいた私が、あえて接続を悪くしたり操作したのです。俳優たちはラップトップの画面で相手を見て演技をしたのですが、その視線を観客にも感じてもらいたくて、モニター部分にカメラを向けたりして、かなり試行錯誤しましたね。そして部屋で話す俳優を撮る時は、彼らが孤独でいることを強調しました。それらをうまく編集することで、私にも予期せぬ効果が表れたと思います」