世界で驚異的ヒット!ピクサーのCCO、ピート・ドクターに『インサイド・ヘッド2』成功の要因を聞いてみた
「単に稼げるという目的で質の低い続編は作らないようにしています」
ではオリジナルの新作と、続編やシリーズもので、製作のプロセスや力の入れ方など、ピクサーとしてどのような違いがあるのだろうか。「基本はどんな映画も、それぞれひとつの命があるので“単体”として作ります。ピクサーの歴史を振り返ると、すでに長編の3作目が続編(『トイ・ストーリー2』)でしたから、常になにかの続編が想定されているのも事実です。新作とのバランスはいつも考えていますね。続編がどう受け止められるかは私たちも予期できませんから、100%の自信を持って製作しているわけでもありません。作品が自然に生まれ、愛されるように見守る…というスタンスです」。
とはいえ、『インサイド・ヘッド2』の前にピクサーの最高記録を持っていたのは『インクレディブル・ファミリー』(18)で、こちらも続編だった。やはり観客は「よく知っている世界」を好むのだろうか。そして作り手側も、その志向を意識せざるをえないのか。「『オリジナルの作品が観たい』という声を多く聞くのは事実ですが、興行成績は続編やシリーズものが上回っています。つまり観客の実際の行動は“続編志向”のようです。『自分が知っているものを観たい』『チケット代を無駄にしたくない』という安心感を求めるのでしょう。新作の場合、リスクを考えて配信を待つ人も多いのかもしれません。ただピクサーとしては、単に稼げるという目的で質の低い続編は作らないようにしています。長期的な視点では会社の信頼感を低下させるわけですから。重要なのは質の伴った作品を送り出すこと。映画作りは子育てのようなもので、スタンフォード大学へ進学できるように育てても、作品は子どもと同じで自分の道へ進んでしまう。私たちができるのは、最善の作品を作ることだけです」。
「物語を作る際に重視するのは、誰もが『これは自分かも』と感じさせること」
「作品は子どものようなもの」ということで思い出されるのは、監督を務めた前作の『インサイド・ヘッド』での製作プロセス。ドクターは自身の娘との経験を、主人公ライリーの感情キャラクターに反映させたと語っていた。ライリーと共にその娘も成長したことで、今回も彼女の感情が物語に役立ったのか。あるいは今回はプロデューサーなので、父娘の関係とは無縁だったのだろうか。「主人公のライリーと僕の娘は、あれから年齢を重ねて別人格になったと思います(笑)。もちろん私も、そして娘も”シンパイ”という要素には共感しますが、今回は監督のケルシー(・マン)と彼の子どもたちの関係や、熱い想いが反映されています。ピクサーが物語を作る際に重視するのは、誰もが『これは自分かも』と感じさせること。それが昆虫(バグズ)であろうと、車であろうと、モンスターであろうと共感のポイントを作る。そういう意味で、ケルシーの『ここが自分には足りないんじゃないか』『この場所が自分には見合わないんじゃないか』という経験が作品に活かされ、それが普遍性につながっていると感じます」。
『インサイド・ヘッド』から9年。この第2作には前作からさらにスケールアップされた「感情たちの世界」が広がる。そこは本編を観て確かめてほしいが、アニメーションとしてどのあたりが進化したのかも気になる。「前作よりも世界が広範囲になっているので、単純にセット(舞台)が増えています。また感情のキャラクターたちは粒子で表現されているのですが、当初は難しいとされていた映像化ソフトのアップデートが達成できたことが大きな進歩でしょう。技術系のスタッフは、とにかくあらゆる注文を実現してくれるのでありがたいです」。
ピクサー全体の傾向でもあるが、特にドクターの関わった作品は、大人向けの深いテーマが込められつつ、子どもを含めどんな世代でもすんなり受け入れられるマジックが働く。いったいどんな秘訣があるのだろうか。「少なくとも自分が関わる作品では、大人としての自分が”もっと知りたい”という題材にこだわっています。1本の作品に4〜5年の時間がかかりますから、その間、チャレンジし続けられるこだわりが必要なのです。あえて”子どもたちにもわかりやすく”という配慮はしていません。重要なのは、例えば主人公がA地点からB地点へ行くといった“物理的”な部分と、なにを求めているのかといった“目的”をきちんと描くこと。そうすれば微妙なニュアンスはわからなくても、物語について来られるのです。そしてピクサーには有能なデザイナーがたくさんいますから、子どもたちにもアピールするキャラクターを生みだしてくれる安心感があります。『ソウルフル・ワールド』の「魂(ソウル)」のように実体のないものをどう表現するか、私に具体的アイデアが浮かばなくても、デザイナーが具現化してくれる。そのおかげで私も『これは無理かな?』などと怯まずに前に進んでいけるのです」
そんなピート・ドクターの怯まないチャレンジ精神が、『インサイド・ヘッド2』にどのように宿っているのか。ぜひスクリーンで確認してほしい。
取材・文/斉藤博昭