実際に起きた前代未聞の事件を描く「地面師たち」綾野剛×豊川悦司×大根仁監督が語る“想像以上の舞台裏”
「集中力とユニークさと狂気が混ざっている撮影現場でした」(綾野)
――監督のなかで想定していたことを越えた場面について、具体的に教えていただけますか?
大根「拓海とハリソンが2人きりで話すシーンのなかに、詐欺の本筋とは関係がない会話が、2~3分くらい続く場面があるんです。たとえば、『ダイ・ハード』の話をしているハリソンの横で、拓海が『これにどうリアクションしたらいいんだろう?』みたいな顔で聴いてたり(笑)。ハリソンがポートエレンを飲みながら、ウイスキーの話から始まり、『物の価値』や『土地とはなんぞや』みたいな話をしたりもするんですが、脚本を書いている時点でもすでに楽しかったものの、このわけのわからない会話を見事に成立させている二人は、現場で見ていて本当におもしろかった(笑)。『もっと撮りたい!』と思いながら二人の芝居を見てました」
――豊川さんと綾野さんは、そのシーンについてどう感じていらしたんですか?
豊川「おもしろかったですよ。言ってる本人もよくわかってないみたいなところもあるけれど(笑) 、意外とこういう支流にこそ、本筋があるんだろうなっていうのがわかる演出だったんじゃないかなという気がします。普通なら真っ先に編集でカットされがちなシーンですけど、意外とそういうところが視聴者に引っかかったりするから、実は大事だったりするんです」
――はい。とても印象に残っています。まさしくこの作品を特徴づけるシーンの1つだなと。
綾野「そういった時間を担保できるのも、まさにこの作品ならではの妙でしょうか。2人の地続きにある会話の中にこの物語の本当のスタートラインがある。つまり、ハリソンが発声しない限り、この物語は動かない。それこそがこの作品の持つ魔力であり、作品自体を牛耳っているのです」
――なるほど。地面師グループの手配師役の小池栄子さんや、法律屋のピエール瀧さん、情報屋の北村一輝さんとの掛け合いはどうでした?
豊川「ストーリー上の関係性とは別に、撮影が進むにつれて俳優同士のチーム感がどんどん生まれてくるのが楽しかったですね。芝居というのは相手役と共に作り上げるものですが、今回のチームは、自分がどうアプローチすれば相手役がより立つかを頭の片隅で考えながらダイアローグを交わせる献身的な役者がそろっていた気がします。この作品は、ストーリー的に固有名詞とか、いわゆる説明ゼリフが多かったりもするのですが、大根監督は何テイクも撮るので、演じているほうはだんだんツラくなってくるんです(苦笑)。大体そういう時は北村さんが喋ってる(笑)。最後までうまく行った時は、自然と拍手が湧きました」
――なんと! 撮影の舞台裏でも、あの“ハラハラドキドキ”が繰り広げられていたとは…!
綾野「現場には、集中力とある種のチャーミングさが共存していました。集中し続けることも容易ではないのに、そこにユニークさと狂気が混ざっている。豊川さんがおっしゃったように、誰もが常に相手を感じながら芝居を交わしていましたし、大根さんはとてもフレキシブルに役者から出力されたものを受け止めてくださり、そのうえで監督自身が見たいものとハイブリッドされていく。まるで繊細に網目を縫っていくかのようでもあり、いつでもほどけるぐらいのフレッシュさでもあって。だからこそ、この現場でしか起こり得ない事象を映像に焼きつけることに集中できました」
「クリエイションに対する熱狂と執念と誠実さをもって、向き合いたいです」(綾野)
――新庄先生が、「地面師というのは特殊な人たちではあるが、詐欺に対する彼らの執念と狂気は、創作と向き合う時の自分と近しいものがある」とお話されていたのを拝見したのですが、目的は違うにせよ、クリエイティブに身を投じるあまり、狂気のようなものに触れることもあるという意味では、監督や役者の仕事においても、共通項があったりしますか?
大根「フィクションの作品を作るうえでお客さんをいかにうまく騙して楽しませるかという点においては壮大な嘘をついているということで、つまり我々も大きな詐欺集団であると捉えられなくもないというか(笑)。特に役者の皆さんは、子どものころにやっていた“ごっこ遊び”が壮大な規模でずっと続いているような感覚もあったりすると思うので。こんな楽しいごっこ遊びは、芝居のほかにないですよね」
豊川「まぁ、突き詰めるとそういうことになりますよ(笑)。そもそも、僕自身はこういう仕事に就けていること自体がすごくラッキーだと思いますし。なろうと思っても、なかなかなれるものでもないし、やり続けたくてもやり続けられる環境かどうかは、別の話だったりもしますから。僕は、この『地面師たち』という作品に登場しているキャラクターたちは、自分が一番欲しいものがなんなのかがわかっていない人たちなんじゃないかなと思うんです。『お金のため』とは言うけれど、きっとそれだけではないはずで…。たとえば、自分を鼓舞できるものであったり、自分の命と引き換えにできるようななにかを求めている。そういう人たちの話だからこそ、観ている人たちも夢を見ることができると思います」
綾野「それぞれの人間の人生を、映画ならおよそ2時間、ドラマなら大体10時間、今回の場合なら7時間弱で描こうとすること自体が狂気じみているのかもしれません。ですがその圧縮された濃厚な役たちの人生を、皆様に"体験"して頂くことで役たちの存在証明が完成するのだと確信しています。だからこそ純粋に『観たい』と感じてもらえるよう、クリエイションに対する熱狂と執念と誠実さをもって、向き合いたいと思っています。作品(エンタメ)は観る方々のイマジナリーによって成り立つものであり、その力にずっと救われ続けているからこそ、僕らは作品と向き合い続けられるのです」
取材・文/渡邊玲子