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『ソウルの春』で軍事クーデターの首謀者に扮したファン・ジョンミンが明かす葛藤「演じるのに“勇気”が必要だった」

インタビュー

『ソウルの春』で軍事クーデターの首謀者に扮したファン・ジョンミンが明かす葛藤「演じるのに“勇気”が必要だった」

「クーデターは成功したが、軍人としては負けたという思い」

終盤、チョン・ドゥグァンの内面が最もよく表れるシーンでファン・ジョンミンの役者としての真価が現れている。歴史を紐解けば、粛軍クーデターを経た韓国社会がどうなっていくか、多くの人が知るところだ。フィクションのメリットは、事実は曲げられずとも、観客へのアプローチにはいくらでも余地が生まれる。ファン・ジョンミンは「状況的な結果としてはクーデターは成功したといえる一方、軍人としては負けた、という感覚をもって演じました」と答える。一夜にしてすべて我が物にしたはず人間の“敗北”という矛盾が瞬時に表現された、見事なシーンだ。「その後のシークエンスも、監督ともたびたび頭を抱えましたね。結果的に、勝ったことを表立って喜べなかったチョン・ドゥグァンが誰もいないトイレに入り、排泄欲の解消と共に勝利を喜ぶ、という設定で演じる形となりました」。

 保安司令官では飽き足らず、国家権力にも野心を燃やすチョン・ドゥグァン
保安司令官では飽き足らず、国家権力にも野心を燃やすチョン・ドゥグァン[c]2023 PLUS M ENTERTAINMENT & HIVE MEDIA CORP, ALL RIGHTS RESERVED.

「どの作品においても与えられた役柄を全力で演じるだけです」

韓国でよく言われる“믿고보는 배우(信じて見る俳優)”からさらに派生した“믿보황”=믿고보는 황정민(信じて見るファン・ジョンミン)と呼ばれるファン・ジョンミン。演技巧者が数多ひしめく韓国映画界では、幅広い役柄を演じ分ける俳優は何人もいるが、キム・ソンス監督と初めてのタッグとなった『アシュラ』(15)のパク・ソンベ市長、本作のチョン・ドゥグァンといった悪役から、韓国公開が控えた『ベテラン2』の人情派熱血刑事ドチョルまで、こうも振り幅のあるキャラクターを一切のマンネリを感じさせず演じていることに驚かされる。一方で、「ベテラン」シリーズのリュ・スンワン監督が「“人生のある時点で私たちがこの映画を一緒に作った”ということを気分良く振り返れる方々」として名前を挙げたように、類い希な演技力以上の、もっと基本的な人間力がファン・ジョンミンの魅力の源でもある。

先に挙げた授賞スピーチでは、チョン・ウソンら共演者、キム・ソンス監督に続いて、チョン・ドゥグァンの強烈な頭髪を手がけた特殊メイクチームにも感謝の言葉を伝えている。あの頭の撮影秘話も尋ねてみると、「キャラクターにリアリティを持たせるため、かつらだけは何度も試行錯誤を繰り返しました。そして特殊メイクは撮影前、毎回3~4時間を費やしていました。撮影後にメイクを落とした時の、ものすごい爽快感はいまでもよく覚えています」と、なかなか思い出深い経験だったようだ。

キャラクターを象徴する髪型を作り出した特殊メイクチームに賛辞を惜しまないファン・ジョンミン
キャラクターを象徴する髪型を作り出した特殊メイクチームに賛辞を惜しまないファン・ジョンミン[c]2023 PLUS M ENTERTAINMENT & HIVE MEDIA CORP, ALL RIGHTS RESERVED.

同時に、『ユア・マイ・サンシャイン』(05)で青龍映画賞を受賞したときの「スタッフが用意してくださった食卓に、自分はスプーンを乗せただけ」というあまりにも有名な名言が思い起こされた。彼のように、自分自身にスポットライトが当たる場で率先して具体的なスタッフワークにまで言及する俳優は、そう多くない。1990年に『将軍の息子』でデビュー以来、今年で俳優生活34年目を迎えたベテランは、「特に演技の原動力となっているものはありません。ただ、どの作品においても与えられた役柄を全力で演じるだけです!」と、いまなお新人のように謙虚なのだった。


取材・文/荒井 南


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