黒沢清監督&菅田将暉が語り合う、“一途“な悪人像「自然とやれる怖さも感じた」【『Cloud クラウド』公開記念インタビュー特集】
「撮影がするすると進んで終わるので、僕の作品に参加してくれた俳優もスタッフも、現場の印象はほぼ記憶に残らないのではないでしょうか」(黒沢)
――菅田さんのクランクインはクリーニング工場のシーンからと伺いました。
菅田「工場の外でバイクを停めるシーンでした。初日は思いのほかバイクに手こずったイメージしかありませんが、同時に『始まったな』という想いはありました」
黒沢「映画を撮っているとよく『撮影現場はどうでしたか』と聞かれるのですが、本当に申し訳ないことに、あんまりおもしろいエピソードがありません。なにかトラブルが起こったりしたらおもしろおかしく話せるのですが、大したトラブルもなく順調に進んでいきました。今回も準備をしっかりして、優秀な方々がてきぱきと仕事をして、気持ちよく終わったのですが――大抵そう言うと『本当になにもないんですか』と不満に思われてしまってまずいな…と思います(笑)」
――いえいえ、健康的に現場が進んでいくのが一番だと思います。
菅田「変におもしろくしないといけないこともないですしね」
黒沢「本来それが理想ですしね。恐らく、僕の作品に参加してくれた俳優もスタッフも、撮影現場の印象はほぼ記憶に残らないのではないでしょうか。するすると進んで終わってしまいますから。まったく悪いことではないのですが、あとから聞かれたときに披露できるエピソードがないのです」
菅田「ただ、動きのつけ方は特徴的だと感じました。映画の現場だと、まず気持ちの話をされることのほうが多い気がします。『こういう心情なので、こういうことをしたいです。じゃあどう動きましょうか』という流れでセッションが始まるのがベーシックだという感覚がありますが、黒沢組は『この瞬間にここにこういう形で入れますか』という相談から始まったため、新鮮でした」
――確かに、動線は独特ですね。村岡(窪田正孝)の事務所で吉井と話すシーンなど、カメラの視界を身体で遮断するような動きがあってぞわっとさせられました。
黒沢「それはいわゆる『段取り』というやつで、一応僕が指示しないと撮影が進まないものですから『じっと立っていてほしい』とか『照明やカメラの都合で、ここまで動いてほしい』とか言っているだけです。僕が心情演出をあまりしないのは、人間の気持ちを操作するのが難しいからです。俳優の方々も人間ですから、自然に生まれてくる感情があって然るべきですし、シーンによっては『ここで怖がってくれ、喜んでくれ』という物語上必要なものもなくはないのですが、それ以外はこっちが縛るものでもないなという想いがありまして。脚本にも『こういう気持ち』とはほとんど書いていませんが、俳優の方が実際に演じていくなかで生まれるものが正解だと思っているため、こちらから『こんな気持ちになってください』とはよほどのことがないと言えません。僕自身もわかりませんから」
菅田「僕としては、そちらのほうがやりやすいです。天邪鬼といいますか照れちゃうところがあるので、気持ちを先に言われると『わかってるから言わないで…』となってしまうことも正直あります。一つの感情だけで動くこと自体、実生活でそんなにないようにも思うんです。特に黒沢さんの作品だと『喜びいっぱいの気持ちだけで走っている』といったようなものもありませんから、非常にしっくり来ました。そのなかで違和感のある動きを提示されると『とりあえずやってみよう』とワクワクするんです。そしてやってみると意外に『こういうことなんだな』と感じ始めて、そんなことを考えている間に撮影が終わっているような現場でした」
――観ている側からすると、冒頭から異様な雰囲気に包まれますが、自然発生的な部分もあったのですね。
黒沢「映画ってどうもそういうものなんですよね。カメラマンのねらいもあれば俳優の精神状態、撮っている場所のコンディションなどが映ってきて、ある瞬間に『あっこうなるんだ』と見えるといいますか」
菅田「雪が降ったのはおもしろかったです。予定外でしたが、黒沢さんはそれをスッと取り入れていました」
黒沢「ああいう予期せぬ出来事は大好物です。普通は『映像の“つながり”的に使えないから止むのを待とう』という発想になるかと思いますが、長年培った“経験”がありますので、雪はOKと知っています(笑)。ですから嬉々として撮りに行きました」
――となると、菅田さんのなかで脚本→撮影→仕上げといったプロセスを踏んでいくなかで人物やシーン、作品のイメージがどんどん変わっていくようなところもあったのでしょうか。
菅田「どちらかというと、イメージをあまりしなかったというのが本音です。『やりながらわかっていった』と言いながら、わかったかどうかも未だにわかっていない、ただOKは出たという感じでした』