黒沢清監督&菅田将暉が語り合う、“一途“な悪人像「自然とやれる怖さも感じた」【『Cloud クラウド』公開記念インタビュー特集】
「黒沢組に漂っている現場の雰囲気から外れすぎると、“警報”が鳴るような感覚があった」(菅田)
――吉井が感情をあらわにする姿は、序盤の商品が売れたシーンなど、極力絞られている印象を受けました。
菅田「あとは、勤務先の社長の滝本(荒川良々)が訪ねてくるシーンくらいですよね。吉井って意外と、喋っていないシーンが多いんです。そのため、緊張感といいますか空間をピリッとさせるようにする必要はあるな、とは思っていました」
黒沢「そのあたりは僕はなにも言っておらず、菅田さんの計算と才能の両方によるものです。脚本にも特になんの指示も書いていませんが、絶妙な感情がわかる見事な塩梅でした。一切無表情でやれなくもないでしょうし、派手な感情を見せるやり方もあったかと思いますが、一番いいところを出してきてくれました。僕がただ『やってみてください』と言うと最適な芝居を返してくれるため、つくづく『上手いなあ』と思わされました」
菅田「僕から言わせれば、それは現場の空気に尽きます。黒沢組に漂っている雰囲気から外れすぎると、警報が鳴るような感覚があって…『これが吉井のムードなのかもしれない』とは感じていました。撮影中に黒沢さんとの会話のなかで出た『もうちょっと厳しい顔はできますか』とか『常にそれくらいでもいいかもしれません』といった何気ない言葉が、ヒントになったところもあります。あんまり計算しすぎても逆効果ですが、迷った時に修正できるように表情の幅感は取っていました」
――先ほどの商品が売れたシーンは、観客的にはじりじりと固唾をのんで見守るようなものかと思います。
黒沢「とはいえ、さらさらと撮っただけではありますが、吉井の表情をしっかり撮っておこうとは考えていました。しかしそれを決めたのは、撮影の直前でした。後ろ姿という手もあるけれどどうしようか、あらゆるカットを撮ることはできないからとギリギリまで悩みつつ、『きっと行けるはず』と賭けました。特に俳優の顔のアップは、こちらでどうこう指示してうまくいくものではなく、ただ『上手くやってくれ…』と祈るしかないものです。『右眉をもう少し下げて』なんて言ってもあまり意味がありませんから。クリーニング工場の菅田さんと荒川さんのシーンを撮っていくなかで『これはきっとうまくいく』という想いが芽生え、アップで撮ることにしました。
菅田「序盤の荒川さんとのシーンだけ、みんなで探りましたね」
黒沢「そうですね。僕にとっても初日だったのでいろいろ探りはしましたが『菅田将暉やっぱりイケてるわ』と思い(笑)、そのあとのいくつかの重要なシーンは吉井のアップで成立するはずと手ごたえを得ました」
菅田「あの日、ちょっと怖いなと思ったのが、自分のエゴで『ここまで一息で言いたいな』というものをだした瞬間に、黒沢さんにバレたんです。そこで『こっちの勝手なねらいを出すのはよくないな』と戒めました」
――先ほどおっしゃった「警報」ですね。
菅田「はい。はみ出した途端、俺の頭の中だけに仕掛けられた警報が鳴り始めるんです」
――『Chime』を彷彿させるようなまさに黒沢作品的エピソードですね(笑)。ちなみに、件のシーンの吉井の部屋のレイアウトも独特でした。転売に最適化した間取りでしたね。
黒沢「都内に実際にあるアパートで撮影しました。間取り自体は特段変わったものではありませんが、もしそう感じていただけたなら吉井という人物とうまくコンビネーションが取れていたのではないか、と思います。僕はある場所が見つかると、その場所の特色も撮りたくなるのです。ただ場所だけを撮ってもおもしろくないため、俳優の方に無理のない程度に場所と人物が自然になじむように動きや撮り方を考えはします。僕は美術部には大雑把なことしか伝えないので、ディテールの作り込みは安宅紀史さんの功績だと思います」
――場所を活かすというお話だと、村岡の事務所がどんどん暗くなっていくシーンを思い出しました。
黒沢「ねらってあの場所にしたわけではなく、窓の外に都会の風景が見えていたので『これはおもしろいな、どうにかして活かせないかな』と考え、照明の永田ひでのりさんの提案もあって『部屋がどんどん暗くなって、コントラストが強くなり窓の外の風景が見えてくる』という表現をしてみました」
菅田「本番中、『急に照明が落ちたな…』とは思いました(笑)。どんどん暗くなっていって、内心怖かったです」
黒沢「特に秘密にすることでもないですが、俳優さんたちには気にせずやっていただきたいので言うほどのことでもないか…とこっそりやっていました(笑)」