映画『ナミビアの砂漠』を徹底レビュー!「悔しみノート」の梨うまいが“自分を語らない主人公”が抱える果てなき孤独という名の砂漠に迫る

コラム

映画『ナミビアの砂漠』を徹底レビュー!「悔しみノート」の梨うまいが“自分を語らない主人公”が抱える果てなき孤独という名の砂漠に迫る

乾いたやりとりに溢れた生活の中で渇望していた血の通ったコミュニケーション

多様性の時代である。国籍がどこであろうと、性自認がなんであろうと、恋をしようがしまいが、エステ脱毛でも医療脱毛でも、どうぞご自由に。互いを尊重し合いましょう。待ちに待ったそんな理想社会のはずだが、急ごしらえの“多様性の尊重”は、“無視”とほとんど変わらない。

面白くない映画を観て、こんなところが面白くなかった、ここがこうだったらまだマシだった、あのシーンだけはマジで許せねぇ、なんて話をするのも聞くのも私は大好きだけど、「まぁ、その作品が好きな人もいるから……」って苦笑いをされることがある。がぁぁ~ん。大ショック。これってコミュニケーションの拒絶ですよね?その誰かの好きと、私の嫌いは、同じだけの価値があるものでしょう?あなた、どちらの意見も尊重しましょう、というフリをして、私を無視しています。言外に、「よりよい社会のためにお黙りください」という懇切丁寧な圧を感じる。

仮にあなたが“好き”側の意見なんだったら、「笑止!貴様この作品を感ずるだけの教養に欠けておる」って喧嘩を仕掛けてほしかった。別にこんな豪傑みたいな口調でなくても構いませんが。言葉を、意見を受け取らずに、ただそこにいることの否定もしないのであれば、無視と何が違うんでしょうか。

 新たな恋人、ハヤシとの喧嘩シーンは必見!
新たな恋人、ハヤシとの喧嘩シーンは必見![c]2024『ナミビアの砂漠』製作委員会

思うに、カナは乾いたやりとりに溢れた生活の中で、確かなコミュニケーションを求めてもがいているのだと思う。そんな切実でピュアな欲求の表れだからか、浮気相手から正式な彼氏に昇格した同棲中のハヤシに対し、カナが執拗に絡んで取っ組み合いの喧嘩に至る暴力的なシーンは、普通だったら不快に映るはずなのにどこか滑稽でかわいらしい。言葉で煽るときに、自称クリエイターのハヤシにとって絶妙にイヤなところをついてくるカナのセンスも笑える。何も考えていない風に見えて、カナは人の心の機微をつぶさに見て、感じているのだ。

分かる、分かるよカナ。こちらが目一杯心を無にしてようやくこなしていることを、何でもないみたいにやれてしまう彼は、見ていてムカつく。それがさも“大人だから”みたいにしてるのもムカつく。恵まれた環境でぱやぱや育ってきただけのクセに。“クリエイター”?実家が太いだけのフリーターだろうが。私怨が出てしまいました、失礼しました。

最初は楽しかったハヤシとの生活も徐々に喧嘩が増えていき…
最初は楽しかったハヤシとの生活も徐々に喧嘩が増えていき…[c]2024『ナミビアの砂漠』製作委員会

加えて技術的な面でいうと、危なっかしくないから見ていられるというのもある。無茶苦茶な喧嘩に見えて、怪我をしそうなコントロール外の動きは無いからヒヤヒヤせずに傍観していられる。あの取っ組み合いの動きはコレオグラファー(振付師)がつけたのだろうか?いずれにせよ、こなせてしまう俳優陣も見事だ。カナを演じた河合優実に、ダンスの心得があると聞いて腑に落ちた。彼女の身体的アプローチのある芝居、もっともっと観てみたい。

もしこのシーンが痛々しく、ひたすらに苦しく描かれていたら、私はカナのことも、この作品もまるごと嫌いになっていたと思う。しかしこの客観的な映し方はほどよくドライで居心地がいい。いくら泣いても喚いても、ド派手にすっ転んで大怪我しても、地球はこれまたドライに自転と公転を続け、知らん顔して明日が来る。このカラカラ具合に救われちゃうこともあるのだ。世界がそんな調子だから、世紀末級の喧嘩をした相手とも、ケロっとしてご飯を一緒に食べられる。

ドライな距離感で撮られた喧嘩シーンも見どころの一つ
ドライな距離感で撮られた喧嘩シーンも見どころの一つ[c]2024『ナミビアの砂漠』製作委員会

しばらく小さな鳥以外来訪者の無かったナミブの砂漠のライブ映像に、画面左下から影が映り込んだ。なんだこの影、細長いぞ、ダチョウか何かか?ぐっと注目していたら、目が覚めるような鮮やかな青いシャツを着たおじさんが出てきた。彼は何をするでもなく、ゆっくりと画面奥に向かって歩き、立ち止まり、しばらく空を見上げて、そして去った。なんかめちゃめちゃ笑ってしまった。人、いるじゃん。いや、そりゃそうだ。人がいなけりゃライブ配信もできんだろうが。チャットルームも「誰⁉」「観光客かと思ったけど違うかな、あまりにも手ぶらだ。スタッフの人?」「彼は何しに来たの」と騒然としている。英語だからよくわかんないけど、たぶんそんな感じ。


なんもない共和国のなんもない砂漠にも、人はいる。乾ききって心にヒビが入りそうになるからオアシスで水を飲む。そんな暮らしの中で、偶然カナと顔を合わせることもあるだろう。そのときには、あのいかにも訳アリな隣人よろしく、しっとりと湿度高めな会釈をしたい。お互い色々、大変ですね。それじゃあ、また。そこに言葉はなくとも、私たちなりのリスペクトを送り合える気がする。

文/梨うまい

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