『2度目のはなればなれ』の監督が語る、名優マイケル・ケインと亡きグレンダ・ジャクソンへの敬愛
「マイケルはマイケルとして、グレンダはグレンダとしてあり続けた」
「だからこそ、登場人物と同じような経験をしてきた方をキャスティングしたいと思いました」と、バーニー役にケインを選んだ経緯を明かすパーカー監督。ケインも10代後半から20代前半にかけてイギリス陸軍に所属し、朝鮮戦争では戦地に赴いた経験がある、英国俳優界ではもう数少ない歴史の生き証人だ。
「マイケルはこれまで70年にわたって、いわゆる労働者階級の人々をとてもエレガントに、そして真実味を持たせながら演じてきました。常に軽妙洒脱な振る舞いを見せ、ウィットに富んだ人物なのですが、それは劇中のバーニーと同じように戦地で思い出したくもないようなものを見て、その記憶をなんとか抑え込もうとして生きてきたからなのでしょう。彼も私の父と同じように、戦地で見たことを一切話そうとはしませんでした。けれど本作の撮影現場でも、その瞳のなかに記憶が蘇る瞬間が何度もあったと感じました」。
一方、バーニーを支え、彼の背中を押す妻のレネのキャスティングについては「非常に賢く、それでいてとてもタフな女性。この役柄にぴったりな方を探していた時に、グレンダ・ジャクソンが相応しいと思いました」と説明する。『恋する女たち』(69)と『ウィークエンド・ラブ』(73)で2度のアカデミー賞主演女優賞に輝いたグレンダは、1990年代前半に女優業を引退し、政界へ進出。80歳を目前にした2015年に女優業を再開した。
ケインとジャクソンは、ジョセフ・ロージー監督の『愛と哀しみのエリザベス』(75)で夫婦役を演じ、それ以来の共演。約半世紀ぶりということもあって互いに緊張していたようだが、撮影が始まると一気に距離を縮め、大ベテラン同士リスペクトを捧げ合いながら2度目の夫婦役を見事に務めあげた。
「2人とも本当にすばらしい演技を見せてくださいました」と、パーカー監督は強い敬意をあらわにする。「政治の道を進んできたグレンダと、ハリウッドに渡って映画スターとして突き進んできたマイケル。それぞれの道を歩んできた2人ですが、本質的な部分は半世紀前から変わっていない。なによりすばらしいと感じたのは、2人とも役柄をリアルに体現しながらも決して演技をしているようには見せず、マイケルはマイケルとして、グレンダはグレンダとしてあり続けてくれたことです」。
本作の撮影を終え、パーカー監督が完成に向けて編集作業を進めていた昨年6月15日、ジャクソンはロンドンの自宅で家族に看取られながら87年の生涯を終えた。その知らせが届いたのは、ちょうどジャクソンが登場するシーンの編集をしていた時だったという。
「これがグレンダの最後のひとコマになるのだと思ったら、せつなさが込み上げてきました。もうグレンダと一緒に映画を作ることができない。そう考えるととても寂しい」と言葉を詰まらせる。「プレミアの際に、グレンダの家族が来てくれて『いままで彼女が演じた役柄で最もグレンダらしい』と言葉をかけてもらいました。劇中でレネが口ずさむハミングは、グレンダの癖をそのまま取り入れたものなんです。グレンダ自身も生前に完成前の仮繋ぎの状態で本作を観て、とても気に入ってくれていました。最後にこれだけすばらしい演技を見せてくれたことに、深く感謝しています」。
最後にパーカー監督は、改めて本作で引退を表明しているケインへの想いを語る。「グレンダと映画を作ることはもう叶わないけれど、マイケルとはまた映画を作りたいし、ひとりのファンとして、彼に演技をやめてほしくないと思っています。でも彼はもう何年も前から引退をすると言い続けていましたが、我々の説得に応じて本作に出演してくれた。きっとまた復帰してくれると信じて、その時が来ることを楽しみに待とうと思います」。
取材・文/久保田 和馬