「条理を超えた恐怖」とは何か?『破墓/パミョ』で韓国の国民的監督に躍り出たチャン・ジェヒョンの「オカルト」世界
日本人にも無縁ではない衝撃作『破墓/パミョ』
満を持して発表された長編第3作『破墓/パミョ』は、チャン・ジェヒョン監督がいよいよ「国民的監督」として覚醒した記念碑的作品である。もともと呪いや憑依をテーマにした重苦しい土俗的ホラーとして本作を構想していた監督は、コロナ禍の影響で来場者が激減した劇場の光景を見て、「映画館に観客を取り戻さなければ!」という強い使命感をもって脚本を練り直したという。そこで導入されたのが、「チームもの」の要素だった。
実力派女優キム・ゴウンが優美かつ風格たっぷりに演じる若き巫堂(ムーダン)のファリムと、その弟子の青年ボンギル(近年ドラマで注目を集める若手俳優イ・ドヒョン)からなる師弟コンビ、韓国を代表する名優チェ・ミンシクが説得力満点に演じるベテラン風水師サンドク、そして韓国国内のあらゆるタイプの葬儀を手がけるクリスチャンの葬儀師ヨングン(その顔を知らぬ者はいないバイプレイヤー界の重鎮、ユ・ヘジン)……この4人の主人公は、韓国社会における宗教的混交を体現すると同時に、観客に愛される娯楽映画のセオリーも巧みに踏襲している。つまり、世代や性別や信仰といった属性がバラバラな人々が、それぞれに得意技を発揮し、力を合わせて脅威に立ち向かうという定番のシチュエーションだ。『プリースト 悪魔を葬る者』『サバハ』ではバディムービーの魅力を作品に取り込んだ監督だったが、本作はその発展形と言えよう。
物語の発端は、アメリカに暮らす韓国人富豪一家の、ある奇妙な依頼。人里離れた山中に建てられた先祖の墓を、別の土地に移す破墓(パミョ)という儀式をおこなったところ、想像を絶する強大な呪いが地上に出現してしまう。報酬目当てにその儀式に携わったばっかりに呪いに巻き込まれてしまった主人公たちは、それぞれに「その道のプロ」としての知識と技を駆使し、命がけで怪異を封印しようとするのだが…。
謎に満ちたストーリーはある段階で予想外の方向に大きく舵を切り、日本人観客にとっても衝撃的な展開に雪崩れ込んでいく。実はプロットのアイデアは脚本作『時間回廊の殺人』(17)に萌芽が垣間見られるのだが、今回の『破墓/パミョ』ではビジュアル的にも怖さにおいても、格段に強度と深みを増している。
もちろん、これまでの監督作でも発揮された徹底的リサーチと、飽くなき知識欲、それらを1本の映画のストーリーに落とし込むシナリオ作家としての辣腕ぶりも健在だ。舞台は冒頭からアメリカと韓国を行き来し、時空も国境も超えてスケールアップしていく。CGを極力使わない超自然的怪異の映像表現、スリリングな活劇性を帯びた恐怖演出もよりパワフルに研ぎ澄まされ、韓国映画におけるホラージャンルを一気にレベルアップさせようとする意欲すら感じる。おそらく、ナ・ホンジン監督の『哭声/コクソン』(16)に対する猛烈な対抗心もあったのではないか?
史実とフィクションが荒唐無稽なまでのレベルで混濁する後半は「抗日的」とも評されたが、むしろ荒俣宏『帝都物語』や夢枕獏『陰陽師』といった作品で「和製オカルト・スペクタクル」の魅力をさんざん享受してきた我々にとっては、自然に受け入れられる要素ではないだろうか(ちなみに監督は岡野玲子の漫画版『陰陽師』の大ファンだそうだ)。声優・小山力也による迫力満点の力演も、世界に誇れる仕事として日本の観客にこそ堪能してほしい。
クライマックスに展開する壮絶な退魔シーンは、中島哲也監督の『来る』(18)終盤のような禍々しさとスケール感、さらに『ジョーズ』(75)、『ゴーストバスターズ』(84)から『ツイスターズ』(24)に至る「チームもの」のワクワクするような醍醐味を存分に味わわせてくれる。そして、チャン・ジェヒョン作品のトレードマークと言える根幹的テーマ……特定の宗教や信仰、もしくは出自や国籍にかかわらず、人類の前に等しく現れる「条理を超えた恐怖」とは何か、我々はそれらに立ち向かうことができるのかという命題を、『破墓/パミョ』は最もヒロイックに、感動的に描いている。決して絶望や敗北だけを描かないその信念も、多くの観客を魅了する作家性と言えよう。
文/岡本敦史