ブックデザイナー・祖父江慎が『八犬伝』から受け取ったメッセージ「お上を恐れずに楽しい人生を送るための、クリエイターたちの闘い方はいまも昔も同じかも」
「南総里見八犬伝」の既刊本の表紙や製本も「当時のとおりに作られていた」
また、馬琴の書斎や、置かれている「南総里見八犬伝」の本などの小道具は、祖父江の目から見ても「すっごくリアルだった!」と、美術においても感銘を受けた様子。「例えば馬琴の書斎にある本。いまの人だったら、本を立てて置いちゃうけれど、当時の人は寝かすんです。和紙の置き方もリアルでしたね。きっと実際の馬琴の書斎も、あんな感じだった気がします」。
スクリーンに映っていた「南総里見八犬伝」の既刊本の表紙や製本も「当時のとおりに作られていた」とのお墨付き。「表紙のデザインって、再刻する度に変わるんですけど、馬琴の書斎ににあったのは、たぶん初版デザインが置いてありましたね。よくこれだけ調べて、複製を作ったなあって感心してしまいました。シーンが進むごとに、時系列に合わせて新刊が増えて、積まれた本の高さが変化していく過程もわざが細かい。めちゃくちゃ丁寧に作られているから、じっくり観返したくなりました」。
自他ともに認める「八犬伝」マニアの祖父江が、本作を通して新たに気づかされたのは、馬琴と北斎が生きた江戸時代後期、化政文化の豊潤さ。「馬琴や北斎、南北をはじめ、まさにあのころ江戸期の鬼才たちが揃ってたんだってことに気づかされました。いまもそうかもだけれど、江戸期もやっぱり社会とか組織って一般から見ると“悪”なんですよ。それに対して、数はたくさんいるけれど、意見は通らない人たちを、どうやって元気にさせるかという役割を芸能やエンタメが果たしていた。とにかくおもしろいものを作りたい!というクリエイターたちの、お上を恐れずに楽しい人生を送るための闘い方は、いまも昔も同じかもって思いました」。
もう一つ、祖父江が本作の馬琴の姿からメッセージとして受け取ったのは、「1人だけの力には限度がある」ということ。「つまり、馬琴だって、息子の宗伯(磯村勇斗)や嫁のお路さん(黒木華)、北斎の助けを借りて、物語を書くことができたんですよね。『八犬伝』の登場人物たちと同じように。楽しいものを作ろうとしても、1人きりのアーティストの力だけではない、向き合い続ける関係って必要なんだということを、よく学びました」。
特撮ヒーローもののドラマが大好きで、いまは「仮面ライダーガヴ」を毎週楽しく見ているという祖父江。「脈々とつながる正義の戦い、それを“身近に潜む神々の戦い”って、僕は言っているんですけど、最初どこにでもいそうな子が徐々に仲間を作って、大きな悪者に立ち向かう。友情・努力・勝利っていう週刊少年ジャンプ的な神話的な構造のベースを作ったのが馬琴だった。八犬士って、言わば、最初のスーパー戦隊みたいなものですよね。馬琴の力はいまでも本当に偉大です。時代を超え、変化に耐える物語の原点はやっぱり馬琴の『南総里見八犬伝』なんだなと思っています」。
取材・文/石塚圭子