ブックデザイナー・祖父江慎が『八犬伝』から受け取ったメッセージ「お上を恐れずに楽しい人生を送るための、クリエイターたちの闘い方はいまも昔も同じかも」
「あえて“虚”と“実”の描き方をあまり変えずに、どこか混ざっているような感じがおもしろい」
「南総里見八犬伝」の話に、実の世界が加わった本作のユニークな構成は、戦後日本を代表する娯楽小説家・山田風太郎の原作小説どおりだが、「“虚”と“実”のパートが入れ子になっている多重構造は、現代的だ」と祖父江は考える。フィクションの「南総里見八犬伝」と、馬琴と北斎の人間ドラマ。2つの世界を行き来し、さらに歌舞伎・忠臣蔵での「東海道四谷怪談」の話も入ってくる。「いろんなものが重なり合っていくところ」が本作の魅力だ。
「あえて“虚”と“実”の描き方をあまり変えずに、どこか混ざっているような感じもおもしろくて。説明的にならなくても、『ここからは“虚”のパートだ!』というのは、光やレンズの具合でわかります。いまのお客さんは解像度がいいですから、2つの話が同時に動いていても内容処理はできます。また、複雑で凝った構成でも、キザなアートっぽさはなく、ちゃんとエンタテインメントに徹しているところもいい」。
芳流閣での戦いが「あれほど美しく映像化されたのは初めてじゃないかな」
“虚”のパートには、八犬士をはじめ、個性的なキャラクターたちが数多く登場する。「八犬士たち、全員アクションもかっこよかった!僕は、女装をして舞を踊る犬坂毛野(板垣李光人)が好きなんですよ。伏姫(土屋太鳳)や玉梓(栗山千秋)など女性のキャラクターも含めて、みんな役のイメージに合っていた。すごいなと思ったのは、“虚”のパートの役者さんたちが、いかにも物語のあらすじにふさわしい説妙な演技を狙って演じているところ。そんな“虚”の湯加減も、かなり計算されているんだなと感じました」。
そのなかで特に印象的だったシーンとして、祖父江が挙げたのは「八犬伝」屈指の名場面と言われる、芳流閣の屋根の上で繰り広げられる犬塚信乃(渡邊圭祐)と犬飼現八(水上恒司)の戦いのシーン。「あそこは力が入っていてよかったですね!信乃と現八の戦いが、あれほど美しく映像化されたのは初めてじゃないかな。カメラマンも凄腕だった。魅力的なキャラクターの人数が本当に多いので、もっと長く観たいという気持ちになりました。『南総里見八犬伝』だけでも長いのに、もう一つの物語も含めて同時に2時間半にまとめるのはさすがですが、なんかもったいない。もし編集でカットしたシーンがあるなら、ぜひあとからロングバージョンに編集して発表するべきですよ」。
と、ここまで“虚”のパートについて語ってもらったが、やはり「本作の軸となるのは、馬琴と北斎の関係」と祖父江は言う。「とにかく馬琴と北斎、どっちも変態的天才(笑)。単にできのいい仕事人じゃダメなんですよ。そういう意味でも、北斎が馬琴の背中を借りて絵を描いているシーンはよかったですね。ああいう文脈からずれたシーンがあると笑えてホッとします。教科書みたいな映画じゃないんだっていう。北斎が絵を描いた紙で鼻をかむシーンもおかしかったし。あのあと、馬琴が鼻水だらけの手になって(紙を)のばすの?ってドキドキしたんだけど、そこまでじゃなくて安心しました。観客との距離感もばっちりでしたね」。
「霊とか怨念の力で権力者に仕返しをする話っていうのは、お上に対する強烈な嫌がらせでもあった」
馬琴と北斎が歌舞伎を観に行くシーンで登場するのは「仮名手本忠臣蔵」の「東海道四谷怪談」。あの演目が大ヒットしたのには「時代的な背景がある」と祖父江は説明する。
「さらに盛りだくさんですね。当時の恐怖ものの楽しみ方って現代とはちょっと違って、単に怖さを味わうというだけじゃないんですよ。当時、怖いものなしと思われる権威者って、霊に対する恐怖心だけは強かったんです。霊とか怨念の力で権力者に仕返しをする話っていうのは、お上に対する強烈な嫌がらせでもあったんです。『忠臣蔵』のような仇討ちものだけじゃ上演が禁止されたらそれまでです。怨念ものは、弱い民衆の強い味方でもあったんですね。それで、鶴屋南北は民衆の味方でもある怨念ものを、無理矢理入れ込んだのではないかしらって思ってます。お上に向けての“不安攻撃”ですね。恐怖ものを娯楽として楽しめるゆとりが弱い立場の民衆にはあったんですね。『南総里見八犬伝』のなかにも、化け猫が出てきたり、妖術を操ったりするシーンがたくさんあります。後半になるほどに怖さがマックスになってきて、もう眠れなくなっちゃいますよ」。
舞台のシーンで「東海道四谷怪談」の伊右衛門を演じる七代目市川團十郎役に中村獅童、お岩を演じる三代目尾上菊五郎役に尾上右近が出演している点にも注目し、「だいたい、映画のなかで歌舞伎のシーンがある時は、普通の役者が演じるケースが多いんだけど、この映画はほんまもんの歌舞伎俳優がしっかりやっているのもすごいですね。発声も、振りもさすがでした」と、細やかなキャスティングに感心。
歌舞伎を鑑賞したあと、馬琴と北斎が歌舞伎作者の鶴屋南北(立川談春)と舞台裏で対面するシーンもインパクトがあったという。「南北が逆さまに出てくるところも、彼らしくておもしろかったです。ずーっと逆さまの状態でしゃべっていて、その間、逆光で顔がはっきり見えないのも効いていましたね(笑)。南北は人をビックリさせるのが好きで、なにをやっても強烈な印象を残してしまうんです。『東海道四谷怪談』も、急に人がパッと出てくるなど、観客を驚かすような仕掛けがいっぱいちりばめられていて。当時の人たちにとっては、究極のエンタテインメント、ディズニーランドみたいなものだったのかもしれませんね」。