デジタルには表現できない“味”がある!『リトル・ワンダーズ』のレトロフューチャーな世界観を生み出した16mmフィルムの魅力
ウェス・アンダーソンや三宅唱――16mmフィルムを効果的に駆使するフィルムメーカーたち
16mmフィルムで撮影された作品を探してみると、必然的につくり手のこだわりを感じさせる作品と出会える可能性が高い。ここからは、この時代にあえて16mmフィルムでの撮影を選択した作品をピックアップして紹介してみたい。
まずは冒頭で紹介した『リトル・ワンダーズ』。3人の悪ガキたちが具合の悪いママの大好きなブルーベリーパイをつくろうとするも、材料となる卵を謎の男に横取りされてしまい、その男から卵を奪還しようと画策。だが運悪く彼らは悪い大人たちの悪だくみに巻き込まれてしまい…という物語だ。本作で16mmを選択したのは、“レトロフューチャーな世界観”を実現させるため。イラストレーターとしても活躍するラズーリ監督は「フィルムは油絵の具、デジタルはアクリル絵の具」であると感じたといい、フィルム撮影を決意。当初、出資者やプロデューサーからは資金面で反対されたというが、「この作品をデジタルで撮影すると、この映画のマジカルな一面が損なわれる」との思いと共に、フィルム撮影を敢行。その甲斐あって、本作の映像は、どこかノスタルジックで、絵本のような物語世界とピッタリとマッチしている。
また独特の美的センスで唯一無二の世界観を作り上げるウェス・アンダーソンもフィルムにこだわりを持つひとり。彼のほとんどの作品が35mmフィルムで撮影されているが、その中でも『ムーンライズ・キングダム』(12)は16mmフィルムで撮影された1本。ほとんどの作品でタッグを組んでいる撮影監督ロバート・イエーマンと共に作り出したレトロでポップな色使い、シンメトリーの構図を多用した画面は、映画的興奮に満ちている。また『ANORA アノーラ』(2025年2月28日公開)が第77回カンヌ国際映画祭のパルムドールに輝いたショーン・ベイカー監督は、前作『レッド・ロケット』(21)をテキサス特有の色、湿度、土っぽさを表現するために16mmフィルムで撮影し、「フィルムで撮るとより明確にストーリーテリングに集中できる」とその利点を語っている。
沖田修一監督が、お魚博士のさかなクンをモデルにのん主演で描いた『さかなのこ』も16mmフィルムを使用した1本だ。撮影監督は『寝ても覚めても』(18)、『あのこは貴族』(21)の佐々木靖之キャメラマンが担当。「フィクションともリアルともつかないこの物語の色を表すにはフィルムが最適」(『さかなのこ』パンフレットより)という佐々木キャメラマンの提案により、水中などの一部シーンをのぞき、16mmで撮影されている。また白石和彌プロデュースで、高橋正弥監督が袴田竜太郎キャメラマンと組んだ『渇水』(23)も、「夏場の強い太陽光と室内の暗いコントラストの対比を描くのにフィルム撮影が適切」(高橋監督)という理由から16mmフィルムでの撮影を選んでいる。
過去の時代的背景を描写するにあたってフィルム撮影を選択するケースも多い。人工妊娠中絶が違法だった1960年代のアメリカで妊娠中絶を手助けした女性たちを描いたアメリカ映画『コール・ジェーン 女性たちの秘密の電話』(22)や、1945年に小説版第1弾が発表された「ムーミン」の作者トーベ・ヤンソンの半生を描いた映画『TOVE/トーベ』(20)、昭和の混沌とした時代のヤクザを描いた井筒和幸監督の『無頼』などは、その時代の空気感を映し出すために16mmフィルムがチョイスされ、物語の没入感において絶妙な効果をあげている。
コンスタントに意欲的な作品を発表し続ける三宅唱監督も、月永雄太キャメラマンとのコンビで『ケイコ 目を澄ませて』(22)、『夜明けのすべて』(24)という2本の作品で16mmフィルムで撮影した印象的な映像を生み出している。16mmフィルムを採用した理由として三宅監督は「ボクサーの肉体、古いジムの空気感などをとらえるのに、生々しくて温かく、どこかおとぎ話のような雰囲気もある16mmフィルムのテクスチャーが合うだろう」(『ケイコ 目を澄ませて』パンフレットより)と語っている。続く『夜明けのすべて』では、前作と同じフィルム特性を活かした光と影の描写でありながらも、主人公のふたりにそっと寄り添うような、どこか柔らかさを感じさせるような色彩の映像となっている。
以上、簡単ではあるが、16mmフィルムを使用した作品を振り返ってみた。「今度、映画は何を観ようかな」と迷ったときに、「16mmフィルムで撮影されているから」ということも選択肢のひとつとして考慮してみるのはどうだろうか?
文/壬生智裕
※高橋正弥監督の「高」は、「はしごだか」が正式表記