Jホラーの先にある新たなスタンダードへ。“ちゃんと怖い”に正攻法で挑む『ミッシング・チャイルド・ビデオテープ』近藤亮太監督【宇野維正の「映画のことは監督に訊け」】

インタビュー

Jホラーの先にある新たなスタンダードへ。“ちゃんと怖い”に正攻法で挑む『ミッシング・チャイルド・ビデオテープ』近藤亮太監督【宇野維正の「映画のことは監督に訊け」】

ミッシング・チャイルド・ビデオテープ』(公開中)は、幼少期に山で遊んでいる最中に弟が失踪してしまった主人公が、母から送られてきたビデオテープをきっかけに自分の過去と向き合い、「あの時、本当はなにが起こっていたのか?」を探求するなかでたどり着いた先を描いた、とても静かなホラー映画だ。監督の近藤亮太にとって、本作は長編商業映画デビュー作。第2回日本ホラー映画大賞を受賞した同タイトルの短編を長編映画として発展させた作品となる。

『ミッシング・チャイルド・ビデオテープ』は初週から満席続出、拡大公開も決定した
『ミッシング・チャイルド・ビデオテープ』は初週から満席続出、拡大公開も決定した[c]2024「ミッシング・チャイルド・ビデオテープ」製作委員会

近藤監督は本作を撮るにあたって、「ノーCG」「ノー特殊メイク」「ノージャンプスケア」(編集部注:ジャンプスケアとは大きな音や唐突なカットで驚かすホラー映画の定番的な演出方法のこと)を自らに課したという。その理由についてはインタビューの中で語ってくれているが、そこで重要なのは、一見するとこれまでのホラー映画のメインストリームから外れているようにも思えるそれらの手法が、近藤監督の中では正攻法と位置付けられていることだ。その根拠となっているのが、これまでのJホラー映画の内側ではなくその外側に大きく広がっている現在のホラーコンテンツのトレンドと、海外の同時代の作家たちによるホラー映画の新たなトレンドだ。

高橋洋監督の『霊的ボリシェヴィキ』(18)や三宅唱監督のNetflixオリジナルシリーズ「呪怨:呪いの家」(20)の撮影現場からキャリアをスタートし、映画以外の数多くのホラーコンテンツの制作にも関わってきた近藤監督は、Jホラー作家として正統派と言えるバックグラウンドを持ちつつ、映画の外側、そして日本の外側からの視点を合わせ持っている。その結実が、今回の『ミッシング・チャイルド・ビデオテープ』のすばらしさであることを考えると、本作は日本のホラー映画にとって大きなターニングポイントにもなり得るのではないだろうか。

「第1回の日本ホラー映画大賞に参加するまでは、ほぼなんのコネクションもなかったです」(近藤)

テレ東の「TXQ FICTION/イシナガキクエを探しています」や「行方不明展」の映像『正体不明』なども手掛け、ホラーシーンで存在感を示す近藤亮太監督
テレ東の「TXQ FICTION/イシナガキクエを探しています」や「行方不明展」の映像『正体不明』なども手掛け、ホラーシーンで存在感を示す近藤亮太監督撮影/湯浅亨

――映画界だけしか視野に入っていないと見落としがちなんですけど、現在の日本には何度目かのホラーブームが到来していて。そんななか、近藤監督はいろんな形でホラーコンテンツの制作に関わってますよね。なので、今回は『ミッシング・チャイルド・ビデオテープ』の話だけでなく、いわゆる「ホラー界隈」の現状についても教えていただきたいと思っていて。

近藤「いえいえ、そんな(笑)」

――そもそも映像の仕事に携わるようになったきっかけはなんだったんですか?

近藤「東京で映画美学校に入ったのがきっかけだったんですけど、さらにさかのぼると、北海道のCM制作会社にいて」

――会社員からいきなり映画監督の道に。

近藤「中学生くらいの頃から『映画美学校にいつか入るんだ』という想いはあったんですけど、やっぱり東京は遠いので。まずは映像の仕事っていうと、札幌だと選択肢がほとんどなくて、結局テレビCMの業界に入ってたまたまそういう仕事を4年ぐらいやっていて。でも、当時は別にディレクターをやっていたわけではなく、制作進行とかをやってました。映画美学校では高橋洋さんや三宅唱さんの授業を受けて。自分にとって最初の大きな商業作品の現場となったのは(高橋洋脚本、三宅唱監督の)Netflixオリジナルシリーズ『呪怨:呪いの家』で、演出部でフォース助監督をやらせてもらいました」

――なるほど。Jホラー史的にも現代日本の「作家の映画」的にも、めちゃくちゃ正統派のラインからキャリアをスタートされているわけですね。

近藤「そうですね。幸運にも、そういう方々に教わることができて。三宅さんの演出を間近に見られたのはかなり大きかったですし、高橋さんの場合、実習の一環ではあったんですけど『霊的ボリシェヴィキ』 の演出とか編集とか宣伝とかも含めて全部関わっていたので」

――ああ、そうだったんですね! 『霊的ボリシェヴィキ』、この10年間に日本で作られたホラー映画で最も興奮した作品でした。

近藤「演出部として携わっていたのはその2本でした」

――じゃあ、一昨年の第2回日本ホラー映画大賞に『ミッシング・チャイルド・ビデオテープ』の短編版を提出した時点で、Jホラー界とはわりと人脈的なつながりもあった?

近藤「いや、あくまでも『霊的ボリシェヴィキ』や『呪怨:呪いの家』に関わっていたというだけで、 映画業界の誰かとつながりがあるというわけではなく、第1回の日本ホラー映画大賞に参加するまでは、ほぼなんのコネクションもなかったです」

――そうだったんですね。

近藤監督がグランプリを受賞した第2回日本ホラー映画大賞授賞式の様子
近藤監督がグランプリを受賞した第2回日本ホラー映画大賞授賞式の様子撮影/編集部

近藤「日本ホラー映画大賞に第1回、第2回と参加したなかで人脈が増えたというか。日本ホラー映画大賞の授賞式で交換した受賞監督たちのグループLINEというのが存在して、そこで交流があったりとか」

――なるほど。あの映画大賞がそういう場になってるんですね。それはいい話だ(笑)。日本ホラー映画大賞の選考委員の一人として正直なことを言うと、短編版の『ミッシング・チャイルド・ビデオテープ』を最初に観た時、よくできた作品だとは思ったんですけど、長編としてセルフリメイクをしたことでこんなに大化けする作品になるとは想像できなくて。今回、最初の5分くらい、森のシーンから始まって、主人公のアパートにシーンが移ったくらいの段階で、ホラー映画云々とか抜きに、普通に映画としてすごい画に力があることに驚いて。

近藤「はい(笑)」

母親から送られてきた古いビデオテープには、主人公の敬太がかつて撮影した”弟が失踪する瞬間”が収められていた
母親から送られてきた古いビデオテープには、主人公の敬太がかつて撮影した”弟が失踪する瞬間”が収められていた[c]2024「ミッシング・チャイルド・ビデオテープ」製作委員会

――まず訊きたいのは、この作品で大賞を獲ったら、そのまま長編としてセルフリメイクしようと思ってたんですか?(※編集部注:日本ホラー映画大賞では大賞受賞者に新作長編映画での商業監督デビューが確約されるが、それを受賞作品のセルフリメイクにする縛りはない)

近藤「それでいうと、当初はまったく考えてなくて。3本ぐらい一応企画は考えて。どちらかというとメインでやりたかった企画は別にあったんですよ。でも、プロデューサーとの話し合いで、それは題材的にいますぐやらないほうがいいだろうということになって。『ミッシング・チャイルド・ビデオテープ』も候補の一つとしては残してたんですけど、そこで図らずもというか、ふといいアイデアが浮かんで」

――ホラー映画で古いビデオテープやビデオ映像が出てくるというと、当然のようにまず『リング』が思い浮かぶわけですが、それ以降も『ブレア・ウィッチ・プロジェクト』を筆頭に国内外でたくさん作られてきましたよね。短編版の『ミッシング・チャイルド・ビデオテープ』の特徴は、全編25分で、その真ん中にドンとビデオ映像を使って、それを現在の映像でサンドイッチのように挟むというもので。それはある種の発明だと思ったんですけど、長編にして尺を長くすると同じ構成にはできないわけですよね。そういう意味では、脚本の段階で作品の骨格から作り直すような作業だったと思うんですけど。

【写真を見る】弟が失踪した瞬間を捉えたビデオテープが波紋を呼ぶ…VHSならではの質感にもこだわりが
【写真を見る】弟が失踪した瞬間を捉えたビデオテープが波紋を呼ぶ…VHSならではの質感にもこだわりが[c]2024「ミッシング・チャイルド・ビデオテープ」製作委員会


近藤「ビデオ映像があって、そこには人がいなくなる瞬間が映っているというのがまず一つあって。終盤、山にあるその映像が撮影された場所をもう1回訪れるというところぐらいまでは、短編からそのまま生かそうと思っていて。それ以外の要素として、中盤、その山で“たくさんの骨壺が発見される”っていうプロットを思いついたんですよ。要するに、中盤の折り返し地点で山について重要な情報がもう一つ出てくれば、これは多分長編になるんじゃないかっていう手応えがあって。そこから膨らませていったのが今回の作品ですね。だから、ビデオ映像がどれぐらいの長さになるべきとか、そういうことは後から決めて、あまりオリジナルの短編に引っぱられすぎないようにということは考えました」

「“人がいなくなる”ということに関して、なにかオブセッション(強迫観念)みたいなものをお持ちなのかな?って(笑)」(宇野)

――そうですよね、だから完全に別物として生まれ変わっていて。そういえば、近藤監督は大森時生プロデューサーの「イシナガキクエを探しています」でも仕事をされてましたよね?

近藤「『イシナガキクエ〜』はメインディレクターが寺内(康太郎)監督で、寺内さんが現場も回しつつ、要所要所の演出的な部分のサポートだったりとか、演出的な部分の相談だったりとか、編集に立ち会ったりとか。大森さん、寺内さん、皆口(大地)さんと僕の4人のチームとしてやった形ですね」

失踪した女性の公開捜査番組という設定のモキュメンタリー「TXQ FICTION/イシナガキクエを探しています」
失踪した女性の公開捜査番組という設定のモキュメンタリー「TXQ FICTION/イシナガキクエを探しています」[c]テレビ東京

――なるほど。あれもいわば“行方不明”の話じゃないですか。“人がいなくなる”ということに関して、なにかオブセッション(強迫観念)みたいなものをお持ちなのかな?って(笑)。

近藤「いえいえ、それは本当に偶然で。ホラー作品の一つの流行というか、直接的な殺人とかより、もうちょっと正体不明な事象のほうが怖いよねっていう感覚があるなかで、行方不明だったり神隠しだったりっていうのがテーマとしてちょっとホットだというのはあると思うんですけど、『イシナガキクエ~』は企画の段階では自分は参加してなかったので」


――そうなんですね。では、近藤監督にとって”人がいなくなる系”でまず念頭に挙がる作品があるとしたら、具体的にどの作品ですか?

近藤「ホラーではないんですけど、今回の『ミッシング・チャイルド・ビデオテープ』で僕が一番レファレンスにしていたのは、(アンドレイ・ズビャギンツェフ監督の)『ラブレス』なんですよね」

ロシアのアンドレイ・ズビャギンツェフ監督による、失踪した息子の行方を追う両親の姿を捉えたサスペンス『ラブレス』(17)
ロシアのアンドレイ・ズビャギンツェフ監督による、失踪した息子の行方を追う両親の姿を捉えたサスペンス『ラブレス』(17)[c]Everett Collection/AFLO

――なるほど!確かにちょっと近いかも!

近藤「自分が好きなのは、死体がどうこうとかっていうことより、その“人がいなくなっている”という事象自体に焦点が置かれている作品で。『ブレア・ウィッチ・プロジェクト』とかもそうですけど」

――でも、必ずしもホラー作品である必要はない?

近藤「そうです。だから、『ラブレス』をホラーにすると多分おもしろいぞっていうのが、最初の段階、短編版の時からの発想だったんですよ」

――この連載で濱口監督に『悪は存在しない』のタイミングでインタビューした時、「アンドレイ・ズビャギンツェフ監督に影響されてるんですか?」って質問したら、「観てないです」っておっしゃっていて。いま、「こっちだったか!」となってます(笑)。

近藤「ズビャギンツェフはめちゃくちゃ好きな監督なので、すごく影響受けてますね」

『ミッシング・チャイルド・ビデオテープ』のレファレンスや、ロールモデルとしている監督も語ってくれた近藤監督
『ミッシング・チャイルド・ビデオテープ』のレファレンスや、ロールモデルとしている監督も語ってくれた近藤監督撮影/湯浅亨

宇野維正の「映画のことは監督に訊け」

関連作品