Jホラーの先にある新たなスタンダードへ。“ちゃんと怖い”に正攻法で挑む『ミッシング・チャイルド・ビデオテープ』近藤亮太監督【宇野維正の「映画のことは監督に訊け」】

インタビュー

Jホラーの先にある新たなスタンダードへ。“ちゃんと怖い”に正攻法で挑む『ミッシング・チャイルド・ビデオテープ』近藤亮太監督【宇野維正の「映画のことは監督に訊け」】

「自分たちの世代にとっては、YouTubeのホラーコンテンツに影響を受けた作品をちゃんと映画として表現するのは自然なこと」(近藤)

――それでいうとマイク・フラナガンは作家性がとても強い監督なのでちょっと違いますが、ジェームズ・ワンとかはまさにジャンプスケアの監督で、世代的にはそっちに寄せることも考えたりはしなかったんですか?

近藤「寄せにいくって意味で言うと、むしろYouTubeチャンネルの『フェイクドキュメンタリー「Q」』とか『ゾゾゾ』とか、あとは大森さんの番組とかも含めて、あれがいまの日本の若い人にそれなりにちゃんと支持されているということの方が気になってました。ああいう作品には、ジャンプスケアも特殊メイクもCGもないわけで、あれが怖いものとしてちゃんと認知されているのであれば、別に映画でそれをできない理由はないはずだと思っていたので。単純な話として、映画だけが日本では違うホラー表現をしているくらいの感じだったので、だったら自分がそれをやろうと」

――なるほど。勉強になりますね。

近藤「そんな(笑)。なので、自分たちの世代にとっては、YouTubeのホラーコンテンツに影響を受けた作品をちゃんと映画として表現するのは自然なことで。なおかつ、そこにはおそらくある程度お客さんはついてきてくれるはずだと。逆に言うと、僕らが作るべきホラー映画はこういうものなんじゃないかっていうスタンスでした」

――そっか。『ミッシング・チャイルド・ビデオテープ』のストイックさって、人によってはJホラーの先祖返りみたいに見えるかもしれないけど、むしろそれがいまっぽいというか、いまのスタンダードなんじゃないかってことですね。

近藤「はい」

――近藤監督は「イシナガキクエを探しています」「飯沼一家に謝罪します」のようなテレビ番組や「行方不明展」のようなイベントにも関わってきたわけですが、いまホラーコンテンツというとそれこそYouTubeがあり、ゲームがあり、「近畿地方のある場所について」みたいなネット発の小説も売れていて。むしろ、ホラーは映画の中のいちジャンルというよりは、ホラーという大きな産業の中のワンセクションっていう考え方ができるわけですよね。もちろん、『リング』や『呪怨』の時代も、テレビドラマやVシネやゲームなど映画以外のメディアもありましたけど、長編映像作品が中心にあったカルチャーだったと思うんですね。そこが広がっている状況というのは、ちゃんと捉えないといろいろと見誤るんでしょうね。

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近藤「かなり間口が広がっているという実感はあります。それに、そこでやってることもむしろ昔より、ある意味で先鋭化していると思うんですよ。先鋭化していても、ちゃんと届くぐらいに多分間口が広がっていて、どこからでも入っていける。文章が好きな人は小説からでも入っていけるし、テレビを見てる人はテレビから入っていけるし…みたいな。SNSでいろいろやってる人もいるしっていう。 そういうなかで、ある意味、”映画だけやってなかった”みたいなところがあるというか。映画だけが、割と従来のいわゆるホラー的なメソッドでやっていて、そういうものじゃないとお客さんは観に来ないんじゃないかって思ってるけど、映画以外の領域では、みんなもっとちゃんと違うことやってますよっていう感じが、一人のホラーファンとして生活しているなかで感じてきたことでした。であれば、それは映画に持ち込むべきだし、持ち込んだら自分の個性になるんじゃないかっていう予感もあって。ホラー全体で見ると、映画以外の領域はかなり開かれたカルチャーになってるというか。なんか”ホラーブーム”っていうふうによく言われていると思うんですけど、ブームっていうよりは、もう一つの文化になっている気がしていて」

――確かに。あと、先鋭化という点では、ホラー映画だけをとっても世界的にそうなってきてる感じはありますよね。スプラッター的なバカバカしさを前面に出したサム・ライミとかの時代と違って、真剣に怖さを追求したもののほうが受けている。

近藤「そうですね」

――でも、例えばアリ・アスターとかって、本人もどこかおかしいとしか思えないじゃないですか(笑)。

近藤「はいはいはい(笑)」

――観客としては、監督にそういう”業”のようなものを見出したりしがちなんですけど、そういう意味で、近藤監督は自身に何か思い当たることはありますか? 先ほどは、別に”行方不明”への執着があるわけじゃないとおっしゃってましたが(笑)。

かつて山で失踪した”行方不明”の弟の存在は、敬太の心に影を落とし続けている
かつて山で失踪した”行方不明”の弟の存在は、敬太の心に影を落とし続けている[c]2024「ミッシング・チャイルド・ビデオテープ」製作委員会

近藤「そうですね…その意味で言うと、なにか個人の記憶に紐づいて、実人生を作品に反映させるみたいなことはあんまりないですね。 自分が過去にした体験をネタにするみたいなこともないし。本当にあくまでホラーコンテンツを、単純にファンとして楽しんできていて、それを自分でもやりたいっていう。どちらかというと、そのジャンル内のある種のルールというか、メソッドみたいなものがある程度確立されたJホラーっていうジャンルだからこそ惹かれて、自分でもやってみたいと思ったので。テーマを先に決めて、こういう人物を描きたいんだとかっていうことよりは、話をちゃんと突き詰めていくと、こういう人たちの話だよねって、むしろ物語を作りながら発見していくことが多いので」

――印象的なのは、スコット・デリクソンとかマイク・フラナガンとか、近藤監督の口から出てくる名前が同時代のジャンルの横断性もある新しいタイプのホラー系の監督ということで。もちろん偉大であることは言うまでもないですが、いまだに「(ジョージ・A・)ロメロが~」みたいな監督って、特に日本だと多いじゃないですか(苦笑)。

近藤「そうですね(苦笑)。ただ、それこそスコット・デリクソンみたいに、ホラーに軸足を置いて他のジャンルもいくらでもやれて、どれもそれなりにちゃんとクオリティを保つことができる監督みたいになれるのが理想なんですけど、日本だとそういう在り方が成立しづらい部分があるような気もしてるんですよね。ホラー出身で他ジャンルにどんどん行って、またホラーに戻ってきてみたいなことを、あまり受け入れてもらえない土壌というか。だから、いろんなジャンルに横断していければ楽しいだろうし、同じことを繰り返したくないという気持ちも理解できるんですけど、一方で王道のJホラーを求めている人っていうのは、過去の自分も含めてたくさんいるはずだと思うので。いまは、むしろそれを恐れずにやり続けたほうがいいかなって思っています」

ホラージャンルにおいて、近藤監督は「意外に映画っていまは空席状態かなと思う」と語る
ホラージャンルにおいて、近藤監督は「意外に映画っていまは空席状態かなと思う」と語る撮影/湯浅亨

「“ちゃんと怖い”ことを裏切っていくと、絶対にジャンルとして衰退していく」(近藤)

――あと、これは今回の長編版の『ミッシング・チャイルド・ビデオテープ』を観てもつくづく思いましたけど、やっぱり映画という表現フォーマットにとって、ホラーってすごく相性がいいと思うんです。マイク・フラナガンとかは精力的にテレビシリーズもやってますけど、よっぽど原作や脚本の力がないと、10時間近くあるようなテレビシリーズをホラー作品として成り立たせるのは難しいじゃないですか。一方で、1時間半から2時間っていう長編映画の優位性や正統性、それと大きなスクリーンを目を凝らして見るという点でも、ホラーって映画館で観ることの必然性が高いジャンルだと思うんですね。


近藤「すべてのバランスをとって、配信とかソフト化してから見られるとかっていうことも、想定したほうがいいんだと思うんですけど、どっちかを取るんであれば、基本的に劇場体験を優先しようっていう考え方で今作に関しては作っていて。なので、『多分、家で観ても絶対わかんないですよ』って言われても、もうそれはそれでよしとしましょうっていう覚悟の決め方をしていて。お客さんがいまわざわざ映画館に行く理由って、そういうことしかないのかなって。それこそ美学校の先生でもあった三宅唱監督とかって、映画館で観るべき映画を撮ってる方だと思うので、それをやり続けないと、映画館に行く理由がなくなっていくと思うんで。 ホラー映画であっても、そういうことをちゃんと試みていこうと思ってます」

近藤監督が演出に参加した「TXQ FICTION/飯沼一家に謝罪します」は、渋谷パルコ8F ホワイト シネクイントにて劇場公開中
近藤監督が演出に参加した「TXQ FICTION/飯沼一家に謝罪します」は、渋谷パルコ8F ホワイト シネクイントにて劇場公開中[c]テレビ東京

――今日は現在のホラーコンテンツの広がりについても話していただきましたけど、その中で自分のやるべきこととして中心にあるのは、やっぱりホラー映画ということですね。

近藤「そうですね。 逆に言うと、いまの新しいホラーの盛り上がりの中で、その枠にすっぽり当てはまる人がいまはあまりいないというか、映画に思いっきり軸足を置きつつ、そこからほかの表現方法にも手を出してる人がいないんですよね。YouTubeを主にやっていて、そこから映画を撮ります、みたいな方はいるんですけど。そういう意味では、意外に映画っていまは空席状態かなと思うんで、自分がそこに収まれれば良いなと」

近藤亮太監督は『ミッシング・チャイルド・ビデオテープ』が長編初監督デビュー
近藤亮太監督は『ミッシング・チャイルド・ビデオテープ』が長編初監督デビュー[c]2024「ミッシング・チャイルド・ビデオテープ」製作委員会

――頼もしいですね。

近藤「昨年、『TALK TO ME トーク・トゥ・ミー』のフィリッポウ兄弟(ダニー・フィリッポウとマイケル・フィリッポウ)にMOVIE WALKER PRESSで聞き手としてインタビューをしたんですけど、その時に彼らが言っていたのは、ホラー映画って一つの共通体験というか、友達と観に行ってああだこうだと言える、そういう数少ない体験なんだってことで。もちろん、イベントムービーとしてはマーベル作品とかもありますけど、その何十分の1、場合によっては何百分の1の予算で、そういう体験を提供できるものなんだって。わざわざ映画館まで足を運んで、アトラクションの一種になりうるジャンルだから、やっぱ根強いんだっていう話をしていて。それは国を問わず、まさにそうなんだろうなって。なので、そういう存在だと言い続けるためには“ちゃんと怖くある”必要があると思うんですよ。そこでお客さん側の信頼感みたいなものを損なったら、次は来てくれなくなるので。目先の数字や別のものにとらわれて、“ちゃんと怖い”ことを裏切っていくと、絶対にジャンルとして衰退していくので」

――そうですよね。これまでのホラー映画の流行のサイクルも、そういうものだったのかもしれません。

近藤「だから、 そうならないものを作りたいという気持ちは強いです。最近は『TikTok世代は最初の30秒でもう見るのやめちゃうから』みたいなことを言う人も多くて、それもある程度までは正しいのかもしれないですけど、別にみんながみんなそうじゃないだろうし。そうやってあんまり決めつけて『若い子はどうせTikTokとかショート動画しか見ないんだからさ』って思っているよりは、彼らを信じて、ちゃんとしたものを作れば、『ミッシング・チャイルド・ビデオテープ』のように104分の映画だって集中して最後まで観てくれるんじゃないかって。そう思って作ったほうが、少なくとも作り手としてはやりがいもあるし。そうやっていかないと、本当に映画自体が“観なくていいもの”になっていくので。映画館で観る価値のあるものをこれからも作っていかなきゃと思ってます」

ホラーを愛する近藤亮太監督と宇野維正が、”怖さ”について縦横無尽に語る
ホラーを愛する近藤亮太監督と宇野維正が、”怖さ”について縦横無尽に語る撮影/湯浅亨

取材・文/宇野維正


宇野維正の「映画のことは監督に訊け」

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